2
キーンコーンとチャイムが鳴る。六時間目が終わった。あとは帰りの会が終われば下校できる。
今日はポンコツ魔女っこのせいで、えらく疲れた。勉強も思うようにできなかった。さっさと帰宅して遅れを取り戻さないと。
帰りの会がさっさと終わることを祈っていると、
「あれ、あれ」
と奇妙な声が聞こえてきた。
「あれれー。オレの財布がなーい!」
瀬立が、がさごそとカバンの中をあさりながら言う。その声で、ざわっと教室の中が一瞬の内に騒がしくなる。
「どうした、瀬立。なにを騒いでいるんだ?」
担任が教室の中に入って来た。そんな担任に瀬立が言う。
「オレの財布がなくなったんです」
「財布だって? 本当にないのか?」
「はい。確かにカバンに入れてきたのに……」
ひそひそと、ざわめき声が響き出す。
次第に教室のどこかから、
「黒沢が盗ったんじゃないのか?」
という声が上がった。
瞬間、カッと頭に血が上る。だが。
「ちょっと待ってください!」
横から声が上がった。出所は真白の口だった。
真白が席から立ち上がって続ける。
「どうして黒沢くんが、瀬立くんのお財布を盗んだと決めつけるんですか?」
「だって黒沢って、すっげー貧乏だろ。オンボロのアパートに住んでるんだぜ」
「そんなこと、黒沢くんが瀬立くんのお財布を盗ったことと、なにも関係ないじゃないですか」
真白も男子生徒も顔を見合わせ、犬のように、きゃんきゃん吠える。
うるせえ、騒ぐな。担任も、「静かにしろ!」とその場を鎮めさせる。
「えー、瀬立の財布だが、誰かのカバンの中にまぎれているかもしれない。みんな、自分のカバンを確かめるように」
まぎれている、か。盗んだと、はっきり言えばいいものを。周りくどい。
「おい、黒沢。お前もカバンの中身を出せよ」
「そうだ。お前が盗んでないなら証拠を見せろよ」
本当にうるせえヤツらだ。一々騒がないと会話ができないのか。
さっさとランドセルの中身を見せて、黙らせるほかない。ランドセルの中から一つ一つ物を出していくと、底の方から見慣れない財布が出てきた。
なるほど……。瀬立のヤツ、さっきの腹いせか。ほんとーにくだらないことを思い付くもんだ。あきれて言葉が出てこないとは、こういうことを言うんだな。
オレは机の上に瀬立の財布を置いた。瞬間、クラス中の視線がそこに――、財布に集中する。
「あーっ、オレの財布だー!」
瀬立が立ち上がり、オレの机を指差す。なんて寒い演技なんだ。やるなら、もっと演技力を磨いてからにしろ。
教室の中が一気に騒がしくなる。こんな小芝居に引っかかるなんて、バカしかいないのか。本当にどうしようもないヤツらの集まりだ。
弁解するのもバカバカしいが、オレは一秒でも早く帰りたいんだ。
バンッ! と机の上に手を打ち、立ち上がった瞬間だ。
ばっしゃーん!! という音とともに、重たい衝撃が頭上から襲いかかってきた。ぽたぽたと水雫がオレの髪先から、服から滴り落ちる。
な……、なんだ、これは……?
バケツの水をひっくり返したような、大量の水が真上から降ってきた。天井を見上げるが、雨漏りではなさそうだ。
オレは、ぽたぽたと体中から水滴を垂らしながらも、ゆっくりと横を向く。顔を青く染めた真白と目が合った。
「真白だろ……?」
「ええと、あの、その……」
「こんな非現実的で訳の分からないことをするのは、この教室の中でお前くらいだ」
真白の手には、魔法のチョークとやらが握られていた。真白は慌てて隠すが、もう遅い。
「オレになんの恨みがあるんだ? 言っとくが、恨みを持ってるのはオレの方だぞ」
「恨みだなんて、そんな。ええと、そのう、黒沢くんの身の潔白を証明しようと思いまして……」
「ほう。証明しようとして、オレに水をぶっかけたと……?」
「ごめんなさーい! また失敗しちゃいましたー!!」
真白は、がばりと頭を下げる。余計なことばかりしやがって。どこまでポンコツなら気が済むんだ、このダメ魔女は……!!
「あっ、そうです! あの魔法を使えばよかったんです。今度こそ成功させてみせます!」
「おい、真白……!」
これ以上、余計なことをするな!
そう言おうとしたが、その前に、まばゆい光が放たれる。今度は、なにが起こるんだ?
警戒していたが、なにも起きない。……いや、まだだ。光が消えていない。真白の手の中が光っている。彼女の手の中には水晶玉が乗っていた。
その水晶玉から映像が流れ出した。なんだ、これは。誰もいない教室が映し出されている。
また失敗か? そう思った矢先だ。映像の中に人影が一つ現れる。
「あれって、瀬立くん……?」
誰かが言ったように、映像の中に瀬立が現れた。瀬立は自分のカバンをあさっている。その手がつかみ取ったのは、財布だ。瀬立は財布を持ってオレの机の前に来ると、今度はオレのランドセルへと手を伸ばし……。
「なに、これ……?」
「自作自演だったってこと?」
そこから先は見る必要がなかった。教室中、ざわざわと騒がしくなる。
「おい、真白! なんだよ、これ!?」
瀬立が真白に詰め寄って訊ねる。
「これは、真実を映す水晶玉です」
真白がそう言うと、教室中の視線が瀬立に集中する。
「ちがっ……。オレは、こんなことしてない!」
瀬立は声を荒げさせる。なんて往生際が悪いんだ。
これ以上、こんなヤツらに振り回されてたまるか。
オレはランドセルから今度は自分の財布を出すと中身を取り出し、机の上に叩きつける。
「こ、この札束は……」
「オレが自分で稼いだ金だ。お前らみたいな凡人と違って、オレは頭がいいからな。金くらい、いくらでも自分で稼げる。人の財布から盗む必要なんてないんだよ!」
ぎろりと瀬立をにらみつける。目が合うや瀬立は、びくりと肩を震わせた。
「おい、瀬立。オレのランドセル、もっとちゃんと調べるか?」
「へ……、ランドセル……?」
「片栗粉やアイシャドウで、簡単に指紋を採取することができる。さっき真白が見せた映像が真実なら、オレのランドセルにお前の指紋がベタベタついてるはずだ。お前には一度も触らせたことがないのにな」
瀬立は顔を青くさせる。目が、青白くなった唇が震えている。
「ったく、くだらねえことに付き合わせやがって。オレのことをはめたいなら、もっと頭を使え。これだからバカは嫌いなんだよっ!!」
瀬立にアイツの財布を投げつけるよう渡すと、ランドセルを背負って教室を出る。帰りの会がまだ済んでいないが、そんなこと知るか。どうせくだらないことしか話さない、無駄な時間なんだ。
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