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 数時間後――。

「エムリスちゃん、お待たせしました」

 真白がトレーを持って現れると、エムリスの前にお皿を出した。

「飲み物はアッサムでいいですか?」

 紅茶を用意している真白に、エムリスは訊ねる。

「なに、これ」

「ムラング・セッシュです」

「ムラング・セッシュ?」

「メレンゲ生地にアーモンドやカシューナッツ、クルミといったナッツ類をのせて焼いたお菓子ですよ」

 メレンゲの甘い匂いとナッツの香ばしい匂いが店内に漂う。

 エムリスは、一つムラング・セッシュを指先に摘むと口へと運んだ。だが彼女の表情は、やはり変わらない。

 オレも真白からもらっていたムラング・セッシュを一つ摘むが、表面はサクッとしているのに、口溶けはとろりと滑らかで。すぐにスッ……と消えてしまう。食感が口の中で変化した。

「エムリスちゃんは、人の心が分からないと言っていましたが、私も同じです。私にも人の心は分かりません。いいえ、きっと分かる人などいないでしょう。このお菓子の感触と同じように、人の心は曖昧です。でも、それは生きているからです」

「生きているから……?」

「そうです。生きているからです」

 真白は、澄んだ瞳でエムリスに告げる。

「生きていれば、いろんなことが起こります。いろんな干渉を受け、時間の流れとともに周りの環境も変わってしまいます。生きているものに不変なものはありません。形あるものは、時の変化とともに姿を変えてしまいますから」

 エムリスは真白の言葉を理解しているのか、いないのか。黙々とムラング・セッシュを食べ続ける。

 エムリスは悠長な仕草で紅茶を飲み終えると、カップをソーサーの上に戻す。カチャリと小さくも甲高い音が鳴り響いた。

「エムリスちゃん、どうでしたか? ムラング・セッシュ、お口に合いましたか?」

 真白が訊ねるとエムリスは、ちらりと彼女に視線を送る。

「まあまあね」

 エムリスは口ではそう言ったが、彼女の前に置かれた皿の中身は空になっていた。

 彼女はイスから立ち上がると、もう一度、真白のことを一瞥し、

「ソー・ロング・グッドバイ……」

 小さな声でそう紡ぐと、一瞬の内に姿を消した。

「またね、か。あの魔女、また来るつもりなのか?」

「はい。きっと……、いいえ、絶対に来てくれます。今すぐにはむずかしいでしょうが、いつかはエムリスちゃんとも分かり合える気がするんです」

 真白は扉を見つめながら、ふわりと笑う。本当に能天気なヤツ。真白なら宇宙人とも簡単に友達になれそうだ。

「よーし! 私もエムリスちゃんみたいな一人前の魔女になれるよう、頑張りますーっ!!」

 真白は急に大声を上げると、早速魔法のチョークを手に掲げる。

「おっ……、おい!?」

 オレの静止を求める声は、残念ながら真白には届かなかった。一瞬、まばゆい光で店内が満ちた後、ぽぽぽんっ!! という奇妙な音が響き渡った。

 店内中、真っ白な粉であふれ返る。なんだ、これ。小麦粉か……?

「ふえーん! 本当は特大ケーキを出そうとしたんですが、また失敗しちゃいましたーっ!!」

「この……、ポンコツ魔女っ!!」

 これだからファンタジーなんて大っ嫌いなんだっ!!!

 真っ白に染められた体をそのままに、オレは心の中で思い切り叫んだ。



Fin.

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