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 真白の家に入り、いくつかあるテーブルの一つに着いた。キッチンに入って行った真白が、トレーを手にして現れる。

「じゃっじゃじゃーん! 今日の朝ご飯は、焼き立てのバゲットとお豆のサラダ、それから本日のメインディッシュ・白アスパラガスのスープですー!」

 真白は、オレの前に出来立てのそれらを並べていく。最後にエッグ・スタンドが置かれた。スタンドの上に、ちょこんと卵が乗っている。

「なんだ、これ。ゆで卵か?」

「いえ、半熟卵です。ウッフ・ア・ラ・コックといって、フランスの卵料理です。バターを塗ったパンを、この半熟卵に付けて食べてみてください。とってもおいしいんですよ」

 真白はナイフを手に持つと、卵の上部にナイフでぐるりと切り込みを入れる。そのまま切り落とすと、黄金色の黄身が顔をのぞかせた。細く切られていたバケットを手に持ち、卵の中に浸す。とろりと卵黄のソースがパンにからみついた。

 オレも真白の真似をし、パンに卵の黄身を付け、口に入れた。その、なんだ。お花畑女の作る料理だけはおいしい。どんな人間にも取り柄の一つはあるものだ。

 白アスパラのスープも、白アスパラガス自体初めて食べたが、まろやかな甘さだ。胃に優しく染み渡る。

「はうぅ……。焼き立てのパンは、格別ですう……!」

 真白の顔がアイスのように、とろとろにとろけている。幸せなヤツ。たとえその日暮らしな生活を送っていても、「人々の笑顔が見られるだけで幸せですー」とか能天気なことを言っていそうだ。

 パンも自分で焼いたのだと真白は言うが、暇なヤツだ。朝からこんな手のこった料理を作っている暇があるなら、少しは勉強すればいいものを。そんなんだからテストで十六点なんて破滅的な点数を採るんだ。

「この料理、全部真白の手作りなんだよな」

「そうですよ。どうですか、おいしいですか?」

「ま……、まあまあだな。なあ、こういう料理こそ、魔法で出せばいいんじゃないのか?」

「この落ちこぼれに、そんな高度な魔法が使える訳ないだろ」

 ノワールが横から冷めた声で言う。なるほど。理由は痛いほどよく分かった。確かに真白なら、料理の代わりに花を出しそうだ。

 それにしても……。

「なあ、真白。この建物って、一体なんだ? こんなにたくさんテーブルがあるんだ。ただの家じゃないよな」

「ここはカフェですよ」

「カフェだと?」

「そうです。カフェ・プランタンです!」

 プランタンは、フランス語で春という意味だったな。なるほど。確かに能天気で脳内お花畑な、この女にぴったりな名前だ。

「このカフェ・プランタンは、ノワールさんが切り盛りしています。私は、お手伝いをしているんです」

「ネコがどうやってカフェを経営するんだよ。まさかネコの姿で客の前に出る訳じゃないだろうな」

 黒ネコことノワールは、むっと目をナイフのようにとがらせた。相変わらず嫌味な目付きをしたネコだ。

 ノワールの琥珀色の瞳が光った瞬間だ。ぽんっ! と軽い音とともに煙が立ち込めた。

 なんだ、この煙は。火事か!?

 煙が晴れると、そこから人が現れた。誰だ、コイツ。いつの間に店内に入り込んだんだ。

 男は、全身が真っ黒だ。真っ黒な髪に、真っ黒な服に身を包んでいる。そのせいで肌がより白く見え、琥珀色の瞳が、ぎらぎらと光っている。

「おい、真白。なにをぼさっとしてるんだ。早く警察に通報しろ、不審者だ!」

「黒沢くん、なにを言っているんですか? この人は不審者ではありません。ノワールさんですよ」

「はあ? ノワールって……」

 ノワールって……、ノワールって、あの黒ネコか――っ!??

 不審者……、いや、ノワールは、

「これくらい朝飯前だ」

と、つんと言い退ける。本当に生意気なネコだ。腹が立つ。だが真白の師匠なだけあって、真白よりは、よほど魔法の腕がいいようだ。

 皿の中身が全て空になり、オレはフォークを置く。真白が淹れ立ての紅茶を運んできた。

 店内は森閑としていて、穏やかな時間が流れている。そう、異様なほど、とても静かだ。

「なあ、真白。もう一つ、訊いてもいいか?」

「はい。一つと言わず、五個でも百個でもいいですよ」

「いや、そんなに訊くことはないんだが……」

 オレは一つ咳払いをすると、本題に戻す。

「ここ、カフェだというが、お客、全然来てなくないか……?」

 真白は、きょとんと目をビー玉みたいに丸くさせる。

 この店に客らしき人が入っているのを見かけたことがない。いつも、がらんとした雰囲気が漂っている。

 真白は瞬き一つ、目を大きく開かせていき、

「そうなんです! お客さん、全然来てくれないんです!!」

 身を乗り出して言った。

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