僕とノワのこれから


 ……お、落ち着け。

 ロドイは、自らにそう言い聞かせる。


 今、自分は全く別人の姿をしている。

 仮に彼らの捜索対象が自分だとしても、そう容易く正体を見破られるはずがない。


「ど、どんな方をお探しで?」

「まあ、すっごく悪いヤツなんですけど」

「この町にいるんですか?」

「いや、ヴキケにいました」

「へえ、あそこに……」


 いました?

 過去形。つまり、もう見つけたという事か。


 彼らが探していたのは、もしやストーム?

 確かにあいつはすっごく悪いヤツだ。

 つまるところ、ストームを捕まえたのは、この二人という事では……。

 まさかとは思うが、タイミングを考えるとその可能性は否定できない。


 だとすれば、彼らはロドイの事も探しているはず。ここへ来た目的は、やはり……。

 ロドイの呼吸が、少しずつ荒くなっていく。


「あの、治療を……」


 ルティスが、遠慮がちに言う。


「えっ、あ、そうでしたね」


 ベッド上のノワは、相変わらず苦しげな顔で荒い呼吸を繰り返している。

 彼女を見つめながら、ロドイは考える。


 治癒してしまってよいのだろうか?


 この二人は、自分にとって脅威と呼べる存在なのかもしれない。

 だとすれば、この場で始末しておいた方が賢明なのではないか?

 今は格好の機会でもある。一人がほぼ行動不能の状態なのだから。


「……こ、これはッ!」


 ロドイは、ノワを見ながら深刻ぶった顔と口調で言う。


「ど、どうかしましたか?」

「どんなヤツに襲われたんでしたっけ?」

「サソリです。すごく大きな」

「まずいな、そいつは変異種かもしれない」

「えっ?」

「特殊な毒なので、私の魔法では治せない」

「そ、そんな」

「万能薬があるのでそれを使いましょう」


 ロドイはそう言って、奥の部屋へ引っ込む。

 呼吸を整えて、自らを落ち着かせる。

 壁に立てかけてある愛用のメイスを手に取り、診療室へ戻った。


 ルティスはベッドのノワに寄り添っており、こちらに背を向けた状態である。

 ロドイは息を殺して彼に近寄った。


 一撃で、仕留めてやる。

 ルティスのすぐ背後まで来たロドイは、頭上高くメイスを振り上げた。

 その時、ノワがこちらに気づき目を見開いた。


「ルティス、危ないッ!」


 声に反応して、ルティスがこちらを振り向く。

 メイスの頭部が勢いよく振り下ろされる。

 間一髪、ルティスはそれを避ける。


「な、何をッ?」


 混乱した様子で目を見張るルティス。


「うおおおおおおおおおおおーッ!」


 ロドイは、メイスを振り回す。

 ルティスはそれによる殴打から逃れる為、背後に退く。が、狭い室内である。すぐに壁際に追い込まれてしまった。


 ロドイは口の端に笑みが浮かべて、ルティスの前に立ちはだかる。メイスを高く振り上げた。

 その瞬間、ルティスと目が合う。

 彼が何かつぶやいたと思った瞬間、ロドイの記憶は途切れた。


 ▽


 ……な、何なんだよ。

 ルティスは、訳がわからなかった。


 ヴキケからの帰途、ここガミヤルドの町に立ち寄って一泊した。

 翌朝、馬車の出発時間まで、暇を持て余した僕らは、近くの森を二人で散策した。

 茂みの中からいきなり現れたサソリに、ノワが刺されてしまった。

 直後、彼女は酷く苦しみだした。

 どうやら、そのサソリはかなり強い毒を持っていたらしい。


 急いで町へと戻った。よろず屋で解毒薬を買い求めたら、店のおばさんから、治癒院の方が安く済むと言われた。

 で、来てみたら……。


 壁に掛けられた鏡で自らの姿を映し見る。

 小太りの中年男性だ。僕には、全然、見覚えのない人物である。

 

 ヴキケならともかく、この町でいきなり見知らぬ人に襲われるとは思わなかった。


 どうやら、この治癒師、一通り状態異常回復の魔法は使用できるようだ。


 ためしに、ノワに解毒魔法を施してみた。みるみる、彼女の顔から苦悶の色が消えていく。

 ノワはガバっと起き上がると、自らの身体を見てからケロッとした顔で言う。


「治ったみたい」


 やっぱり嘘か、変異種の特別な毒なんて。


 改めて思い返すも、襲われるような心当たりがまるでない。

 頭がおかしい人なのかな?


 右手首にずっしりとした重みを感じる。見ると大きな腕輪がはめられていた。鈍い銀色で、幾何学的な紋様が彫刻されている。

 おそらくは、魔道具アーティファクトだ。


 外してみると、全身を撫で回されているような感覚に襲われる。

 それが落ち着くと、ノワが目を見張ってこちらを指差す。


「あーッ!」


 全く同じ反応を、つい最近も目の当たりにしたような気がするな。

 僕も壁の鏡で自らの姿を見た。


 ……ろ、ロドイ。

 こ、こんな所にいたのか。

 ストームに続いてこいつとも遭遇するなんて。

 しかも、襲ってきたという事は、彼も僕らを逆恨みしている訳か。勘弁してほしい。


 僕は、腕輪をノワに預けて外へ出た。


 町の中央広場には、掲示板が設置されており何人もの手配犯の似顔絵が貼られていた。

 もちろん、ロドイのそれもある。

 僕は、その似顔絵の真横に立った。

 通りゆく人々が、チラチラとこちらを見ている。


「ジャック、完了アウト


 治癒院のベンチで、僕は寝そべっていた。

 傍らにノワがいて言う。


「そろそろ、馬車の出る時間だよ」


 僕らは、そのまま治癒院を後にする。

 歩きながら、僕は隣のノワに向けて言った。


「きっと、何処かにいるはずだよ」

「えっ?」

「キミの肩にある刻印を、消せる人が」

「……うん」


 なぜか、ノワは少し寂しそうな顔をする。


「どうしたの?」

「もし、これを消せたら、ルティスがボクと一緒にいる必要はなくなるよね」

「ノワ……」

「ううん。いいんだ、それで。ずっと一緒って訳には行かないよね」


 そう言うと、ノワはその瞳を潤ませた。


「僕は、早くその刻印を消してあげたい」

「……」

「けど、その後も、ずっとキミと一緒にいたいとも思っているよ」


 ノワはハッとした顔でこちらを見る。


「ルティス……」

「ダメかな?」


 激しく左右に首を振って、ノワは笑顔を弾けさせる。


「そんな訳ないよ。ボクも、ずっとずっとルティスと一緒にいたいからさッ」


 停留所には既に馬車が到着していた。

 僕らは、それに駆け込んでいく。


【了】


 最後までお読みいただき、まことにありがとうございます!

 評価、フォロー、応援してくださった方々に心より感謝申し上げます。

 とても励みになりました!

 今後は、新作執筆の他、連載途中の作品を再開してゆけたらとも思っております。

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全国民ランキング最底辺の少年、実は万能スキル持ち。他人の身体を完全に乗っ取る能力で、悪人たちを懲らしめながら成り上がる 鈴木土日 @suzutondesu

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