悪の集団を壊滅させる


 屈強なる男たちが、鬼の形相で僕に襲いかかってくる。

 応戦しようとするも多勢に無勢、殴られて床に倒された挙句、全員から袋叩きにあった。


「……ジャック、完了アウト


 僕は自らの身体に戻る。


「いで、いでえッ、な、何すんだ……やめ、ぐわ、ぶへえッ」


 先程まで僕だった男は、唐突に仲間たちからボコられている状況に放り込まれ、混乱しきっているようだ。

 ホイは未だ、部屋の片隅で倒れていた。


 僕はノワを見る。それだけで、彼女はこちらの意図を察してくれた様にうなづく。

 ノワの瞳を見つめて、僕は唱える。


「ジャック」


 相変わらず、乱闘中の男たち。

 僕は、彼ら全員が、凍りついて動けなくなる様を強く頭に想像イメージする。


「凍てつけえッ!」


 ピッキイイイーん!

 男らの腰から下を、湧き出た氷が覆って動けなくする。


「うわあああーッ!」

「何だこりゃあ?」

「つ、冷てえ」


 驚嘆と混乱を顔に浮かべつつ、男たちが自らを固定する氷から脱しようともがいていた。


「もう逃げても平気だよ」


 僕は、驚きと不安の表情で立ち尽くす子供たちに向き直って言う。

 みな、しばしの間、互いの顔を見合わせていた。

 やがて、意を決した様にうなづき合うと、急いで外へ駆け出て行った。


 バレンは凍らされてはいないものの、顔を青ざめさせてその場で固まっていた。


 僕がバレンの前に立つと、彼は思い切り肩をすくめる。

 自ら(ノワ)の右肩を露出させた。そこには青白く炎立つ刻印がある。


「これを消せ」

「えっ?」

「早く消すんだッ!」


 声を荒げる僕に、バレンは激しく首を振る。


「で、できない」

「お前がこれを施したんだろ?」

「そうだ。けど、消す方法は知らない」

「凍らせるぞッ!」

「本当にできないんだッ!」 


 バレンは必死な顔でそう訴えかけてくる。もしかして、嘘ではないのか?

 僕は一旦、自らの身体に戻る。

 起き上がり、再びバレンと向き合う。怯えきっている彼の目を見つめて唱えた。


「ジャック」


 バレンになった僕は即座に理解できた。

 この男、本当に刻印を消すすべを持っていないようである。

 施すだけで、除去できないなんて……術師としてポンコツすぎるだろッ!

 だから、こんな非合法な組織の仕事を請け負うしかないのかもしれないけど。


「ノワ、ごめん」

「えっ?」

「この男、本当に刻印を消せないみたいだ」


 ノワは、呆気に取られた顔をする。


 できないものは、どうしようもない。

 かといってコイツらをこのままにして、ここから去る訳にもいかない。


 僕はまず、床に伏すホイの右肩に刻印を施す。

 さらに、半身を凍らせてもがき続けている男たちにも、それぞれ刻印を捺していく。


(これって、自らにも施せるのか?)


 ものは試しにと、自分(バレン)にも刻印を施してみる。おお、できた。

 僕(バレン)の右肩に、くっきりと灰色の刻印が残されている。

 消し方を習得しなかったことを悔やむだろう。


「ジャック、完了アウト


 僕は、相変わらず床でのびているホイの頰を平手で何度も叩く。


「おい、いい加減、起きろ」

「う……うーん」


 薄目を開けたホイは、ハッとした顔になり身を起こした。

 配下の男たちが凍りつき、恐慌状態に陥っている様を見て、彼はこれでもかと目を見開く。


「驚くのは、自分の右肩を見てからにしろ」

「へっ?」


 そこに施された刻印に気づくと、ホイは表情を凍りつかせる。


「ひいッ、な、何でだあ?」


 僕は、ホイとその他の男ら全員と向き合って、つぶやく。


「汝ら、我に隷属し、従順たる存在となれ」


 ホイや男たちの肩にある刻印が、一斉に青白く輝き始める。


「うそだろ」

「やべえぞこれ」

「ど、ど、どうすんだよお?」


 彼らは顔を強張らせ、慌てた様子で刻印を手でこするなどしている。


 これでこの連中は、僕が思うがままにできる存在となった。

 下すべき命令は、決まっているけど。


「今からどこか他の町へ行って、自分たちの罪を洗いざらい打ち明けろ」


 一瞬の沈黙、その後で一斉に声が上がる。


「ば、バカなッ」

「んなこと、できる訳がねえ」

「ざけんな……いでえッ!」

「うげえ肩がああ」

「ぎやあああー」


 刻印を施された全員が苦悶を顔に浮かべて、自らの右肩を押さえている。


 痛みに耐えかねたのか、まずはホイが部屋から駆け出ていく。

 他の者らも、氷を必死に砕きだす。

 動けるようになったヤツから、次々と部屋から飛び出ていった。

 やがて、バレンと僕らだけが部屋に残された。

 僕はノワを見て言う。


「こいつの主には、キミがなるべきだ」


 ノワは一瞬、驚いた顔をしてみせた。が、すぐに真顔となってうなづいた。

 バレンと相対するノワ。

 彼女が例の文言を口にすると、バレンの肩の刻印が青白く輝きだす。


「た、頼む。捕まりたくはないんだ」


 バレンが必死な口ぶりで懇願する。

 ノワがその言葉を受けて、少し考え込む仕草をしてみせる。


「ならば、誰にも刻印を施さないで」

「え?」

「今後、もう二度と」


 バレンは目を見張り、首を振る。


「そ、そんな、私にはこの術しかないんだ。これが使えなければ、この先どうやって生きてゆけばいいんだあーッ!」


 僕らは、バレンの悲嘆な叫び声を背に、その場を後にした。

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