ボクのやりたいこと
「ノワ、キミはこれから何がしたい?」
ルティスからそう問われたノワは、ただキョトンとする以外なかった。
ボクがしたい事……。
そんなこと、今までノワはろくに考えもしてこなかったかもしれない。
彼女は生まれてからずっと、人里離れた森の奥地で隠れるように暮らしてきた。ひっそりと、家族や限られた仲間たちだけと関わりながら。
自分たちは、けして他種族の者らに見つかってはいけない存在だ。
親や大人達から、ノワは小さい頃から口酸っぱくそう言い聞かされてきた。
ドワーフにせよ、獣人族にせよ、すごく危険なヤツらだと。
中でも人族は、殊更に注意しなければならない存在だった。
なのにノワは、自らの不注意からその人族に捕まってしまった。
みなの言う通り、彼らは本当に恐ろしかった。
捕まってから今日までの事は、なるべく思い出したくはない。
だけど、悪い人族ばかりではないとも知った。
ノワは、ルティスをちらりと見やる。
ボクのやりたい事。
それについて、改めて考えてみる。
できればルティスとずっと一緒に……。
ふと頭に浮かんだ回答を、ノワは思い切り首を振って否定する。
そんなの、ルティスが迷惑するに決まっている。
なので、ノワは代わりにこう答えた。
「つ、強くなりたい」
今の自分には、一人でも生きている力が必要だと思ったから。
その回答に、ルティスがちょっと意外そうな顔をしたので、ノワはこう補足する。
「そうすれば、もう悪いヤツらに捕まったりしなくて済むから」
「そっか……うん、そうだよね」
納得したようにルティスは頷く。
「だったら、冒険者になるのがいい。強くなるにはそれが一番だと思うよ」
「ぼ、ボクにもなれるの?」
「もちろん」
来る者は拒まず。それが冒険者ギルドが最も基本とする
「あ、けど、それには一つだけ必要な事があった」
ルティスは、大切な事を思い出した様な顔でそう言った。
ノワは、ある場所へと連れて来られる。
町のほぼ中心に存在する、白亜の建造物。
巨大な三角屋根を、十本以上の頑強そうな柱が支えている。
ダンジョン入口の神殿とよく似た外観だが、こちらの方が一回りくらいは規模が大きい。
内部は至ってシンプルな構造だった。
入口から真っすぐ通路が伸びており、その先に小さな部屋がある。
きのうノワが泊まった宿屋を、やや広くしたくらいだ。
石壁に囲まれてがらんとした空間である。
唯一、そこにあるのは、台座に置かれた白い彫像である。
髪の長い美しい女性を象っている。
ノワより、背丈は頭一つ分くらい高かった。
右手をまっすぐ上げて、人差し指で天井を指差していた。
「これは、何?」
「見るのは、はじめて?」
「う、うん」
「女神リコルナだ。この国の人ならば、誰でも知っているよ」
「……め、女神」
そこでルティスは、またもや大事なことを思い出したかの様に聞く。
「そういえば、ノワって成人しているの?」
「え……さ、さあ?」
そもそも、エルフには成人の概念がない。
ルティスは顔に困惑を浮かべる。
「ともかく【判定】を受けてみれば、わかるか」
「判定?」
「ランキングのだよ。それがわからないと、冒険者にはなれないんだ」
「ぼ、ボクが受けてもいいの?」
「もちろん」
リコルナは【判定】に際して、我が国の民のみを一々選別している訳ではない。
彼女が人々をランク付けするのは、純粋に強者を探し求めている為と言われている。
ランクの【判定】を行ってくれる女神像を、僕らの王国が独占しているだけだ。「成人済」という条件さえ満たした者であれば、リコルナは誰であろうとランクの対象者とみなす。
ゆえに、一定数、国民以外もランキングに紛れていると考えられる。
そういった者が、極端な上位にまで昇ってくれば問題視される可能性がある。けど、下位の方に沈んでいる限り、特に気にする者はまずいない。
「ど、どうすればいいの?」
「まず、目を閉じて」
ノワは両の瞼をしっかりと閉じる。
「で、唱えるんだ」
ルティスの教えてくれた通りの文言を、ノワは詠唱する。
「我の現在の
ノワの頭の中で、女性の声が鳴り響いた。
『あなたの現在の
その順位を伝えた上で、ノワはルティスに聞く。
「それって、かなり低いよね?」
「え……うーん。これから、どんどん上げて行けばいいよ」
苦笑いを交えて、ルティスは言った。
まあ、当然の結果だろう。
何せ、魔法も全く使えないのだから。
「ルティスも、判定を受けた事があるの?」
「うん、もちろん」
「何位くらいなのっ?」
「え……いや」
「きっと、すっごく高いんでしょう?」
「そ、そんな事ないよ。ふつうだよ、ふつう、うん」
なぜか妙に慌てた様子のルティスだった。
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