僕がスキルを使える様になったワケ
そいつは、明らかにまともに見えなかった。
目が血走っており、焦点が定まっていない。
やせ細った身体に粗末な服、顔が無精ひげにまみれた中年の男である。
手に持った錆びた牛刀の先端が、こちらへ向けられていた。
僕が冒険者の
人通りのまったくない、細い路地を一人で歩いていた時に、運悪く強盗に遭遇してしまった。
「こ、これでぜんぶなんだ」
僕はその時点での全財産である、ポケットの中にあった銅貨数枚を掌に乗せて差し出した。
「うそをつけ、もっとあるだろう」
牛刀の刃先が、僕の首筋に突き立てられた。
「ほ、本当だ。お金なんてこれしか……」
「ならば、殺す」
どうしてそうなるんだよ?
まあ、あの男にまともで合理的な思考を期待するのは無理だっただろう。
(なんて、ついていないんだ)
男が牛刀の柄を強く握り締めたのがわかった。
つ、詰んだか……。
『
突然、声が聴こえた。
抑揚の乏しい女性のそれである。
辺りへ視線を走らせても、僕と強盗以外には近くには誰もいない。
『目の前の男をジャックしてください』
また、だ。
その声は僕の頭の中へと直接、語り掛けられている様だった。
(ジャックって何だよ? どうすれば……)
僕が内心で思い浮かべた疑問に、声は即座に応じてくれた。
『相手の目を見つめて、「ジャック」と唱えてください』
牛刀を持つ強盗の右手が高く振り上げられた。
ワラにも縋る思いとは、まさにあの瞬間の僕の心境だろう。
強盗の血走った目をしっかりと見つめ、言われるがままに唱えた。
「……じ、ジャックっ」
風景が歪み、意識が身体の外へ溶け出していく感覚。
あの時、僕はそれらを始めて体験した。
視界が一度暗転して元に戻ると、すぐ目の前に誰かが倒れていた。
よく見るとそれは、他ならない「ぼく」だった。
(……ど、どうなっているんだ?)
僕は、地面に倒れ伏す「ぼく」へと右手を伸ばした。思わず、息を呑んだ。
それは明らかに僕の手ではなかった。その上、錆の目立つ牛刀が握られていた。
思わずそれを地面に落としてしまった。
『スキル【
この異常極まる事態……僕のスキルが引き起こしているのか?
改めて自らを見やる。身につけているのは強盗の薄汚れた衣服だ。
「元の身体に戻るには、どうすれば?」
『目を閉じて、「ジャック、
もとに戻れると知り、ホッと一安心する。
ともかく、この危機的と呼べる状況から脱しなければと思った。
牛刀を拾い上げて、道の端に繁茂する雑草の中へと放り込んだ。
丸腰になったとはいえ、安全とは言い切れない。
この男はまともではない。何をしでかすかもわからなかった。
とりあえず、「ぼく」からはなるべく離れておいた方が賢明だろう。
路地を駆けて表通りまでやって来る。
意識のない「ぼく」をあまり長くあの場に放置しておくのもまずかった。
けれど、こんな雑踏の中で元の身体へ戻ったら、周囲の人たちが危害を加えられてしまうかもしれない。
辺りを見回すと、屈強そうな男らの一団が通り掛かるのが目に入った。
パトロール中の自警団員たちだ。
僕は彼らの方へ駆け出した。
そのまま団員の一人に、殴り掛かった。
「なんだっ、こいつ?」
あっさりと僕の拳は避けられ、顔面にカウンターパンチを食らう。
(……い、痛え、普通に)
地面に倒れこんだ僕へ、屈強な男たちが殺到してきた。
いくつもの腕で身体を組み伏せられ、完全に抑え込まれた。
この状況であれば、仮に男がどんなに暴れても逃げられまい。
僕は固く目を閉じる。
「えっと……ジャック、
目を開けると、僕は先程までいた誰もいない路地に一人で横たわっていた。
即座に手や足を確認する。見慣れた自らのそれである。
(……夢でも見ていたのだろうか?)
そんな風に思った時だ。表通りの方から男の叫び声が聞こえてきた。
「は、離しやがれえっ!」
「おとなしくしろっ」
急いでそちらへ行くと、件の強盗が五人ほどの自警団員たちに地面で押さえつけられている。
通行人たちが、遠巻きにそれを眺めていた。
夢ではなかったらしい。
「ジャックって、誰に対してもでもできるの?」
僕は誰にともなく疑問を口にする。
『発動可能な相手には条件があります』
頭の中で例の女性の声がそう応じてくる。
「条件?」
『スキル【Jaak】の所有者よりも、
「僕より上……」
それは僕の場合、ほぼ「条件なし」と同意のように思えた。
「時間制限とかってあるの?」
「スキル【Jack】所有者のランクと、対象者のランキング差、それを十で割った秒数が、【Jack】の状態を持続させられる時間です』
つまり、僕と相手のランク差の十分の一秒。
例えば十万位くらいの相手ならば、九万秒くらいジャックし続けられる。
……それって、何時間くらいだ?
とにかく、僕はなるべくランクを上げない方が得策なようである。
できれば、今のままを維持するのがベストだ。
「ちなみに、あなたは誰なんですか?」
それについては、声は何も答えてはくれなかった。
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