ロドイの怒りの矛先
翌朝、約束通り僕はノワの泊まっている宿屋へと向かった。
途中に買ったパンをかじりながら、しばらく宿の前で待ってみた。けど、一向に彼女が姿を見せる気配はない。
既に、何処かへ出かけているのかもしれない。
そう思って宿屋のおかみさんに確認してみると、彼女は部屋から出てきていないらしい。
(まだ寝ているとすれば、ちょっと遅すぎる気もするな)
ノワが宿泊している部屋の前まで来て、扉をノックしてみた。
「……は、はい?」
いかにも不安そうな声が、ドアの内側から返ってくる。
「僕だけど」
タッタッタッと室内から足音が聞こえて、ドアが開いた。
隙間から顔を覗かせたノワは、こちらを見るなり、ホッとした様な笑みを浮かべる。
「本当に来てくれたんだね」
「今、起きた所?」
「ううん、とっくに目を覚ましていたよ」
「ならば、さっさと外へ出てくればよかったのに」
「ボク、宿屋に泊まるの初めてだから、どうすればよいかわからなくて」
その時、ノワのおなかがぐうーっと鳴った。
「まずは朝ごはんにしようか?」
「う、うん」
僕の提案に、ノワがちょっと顔を赤らめて頷く。
「ていうか、もう
朝食には遅いけど、ランチにはちょっと早い中途半端な時間である。
やって来た「ねこのしっぽ亭」は、開店したばかりで僕らが最初の客のようだった。
ノワは、メニューを眺めてもさっぱりわからないのか眉根を寄せていた。
僕は、ミアに声をかけて「きょうのおすすめパスタ」を二人前注文する。
程なくして運ばれて来た熱々のそれを、ノワはあっという間に平らげていた。余程、お腹が空いていたみたいだ。
食後は、二人であったかい紅茶を飲んだ。
やや恥ずかしそうに、ノワが上目遣いでこちらを見てくる。
「あ、あの」
「ん?」
「な、何て呼べば……」
「そういや、名前を教えていなかったね。僕はルティスだよ」
「ルティス……さん」
「いや、『さん』は要らないよ」
その時、店の扉が開く音がして、ノワはびくっと思い切り肩を竦めた。
入店してきたのは、杖をつく白髪の年配男性だ。
ノワはホッとした顔でため息をもらす。
「どうかしたの?」
「あの人たちかもしれないと思って……」
「ストームたち?」
「うん」
「ていうか、無事なのかな。あの二人」
カリーナはきっとこの町のどこかにいるだろう。
けど、ストームとロドイはダンジョンから出て来られたかどうかも不明である。
すでにミノタウロスの餌食になっている可能性も高いのではないだろうか?
「あの二人は生きている」
まるで見てきた様に、ノワが断言する。
「なんで、わかるの?」
「そ、それは……」
言葉を切って目を伏せるノワ。
ただ、こちらへ視線を戻すと、彼女は意を決したような顔をする。
「み、見てほしいものがあるんだ」
ノワは右手で自らの服の襟元を掴むと、それをぐいっと横へ引っ張る。
突然の行動に戸惑う僕をよそに、ノワは自らの右肩を露出させる。
その純白の肌に、染みのような点があった。
一見、大きなほくろか痣のようでもある。けど、よく見れば違った。
幾何学的な図柄で構成されており、炎立つ様にぼんやり、青紫色に発光している。
僕は、すぐピンと来るものがあった。
「それ、もしかして……」
顔を曇らせてノワは唇を噛んだ。
おそらくは【隷属】の刻印である。
昨日、ストームらと交わしていた会話から、彼女が彼らの隷属下にある事は推察できた。
「あの人たちが無事でなければ、こんな風に輝き続けているはずはないから」
ノワは自らの肩の刻印を見つめながら、さらに表情を曇らせる。
「これがある限り、ボクの居所は彼らに知られてしまうらしいんだ」
まさに彼女がそう言った直後だ。
店のドアが乱暴に開けられる音がした。僕とノワが、同時にそちらへの視線を向ける。
ストームとロドイがそこに佇んでいた。
本当に二人とも無事だったようだ……いや、そうとも言い切れもしないかもしれない。
ストームのまとう軽鎧はあちこち傷だらけ、ロドイの祭服はビリビリに破けていた。
どちらも、表情からして疲労困憊しきっているのが明らかだ。
彼らの異様ともいえる姿に、客や店員らも驚きを隠せない様子だった。
ストームらは店内をぐるりと見回す。僕らの方を見て首の動きを止めた。
ロドイはまなじりを決すると、こちらへ勢いよく歩み寄って来た。
カップが跳ね上がる様な強さで、僕らのテーブルを掌で叩いた。
「カリーナはどこだっ?」
鬼気迫る表情で、ロドイはノワへ問う。
凄まじいまでの憤怒が、カリーナに向けられているようだ。
彼女こそが、ロドイらを窮地に追い込んだ張本人になる訳だから当然だろうけど。
一方、ストームは何処か戸惑いを含んだ様な顔をして黙っている。
「その前に、まず言うべき事があるのでは?」
僕がそう言うと、ロドイは胡乱気な目でこちらを見る。
「誰だ? お前は」
「誰でもいいだろう」
「ていうか、何の話だ?」
僕は立ち上がり、二人の耳元で小声で告げる。
「全部、知っているぞ。彼女から聞いて」
「あ?」
「昨日、お前達が、ダンジョンで行った行為についてだ」
ストームとロドイは互いの顔を見合わせる。
その後、彼らは店内の人々を気にかけるように見やる。
ランチタイムも近づき、席の大半が埋まりつつあった。
ストームが僕へ睨む様な視線を向ける。
「場所を変えるぞ」
確かに、この場では話しづらいだろう。
僕はその提案に応じた。
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