ストーム、とことんまで堕ちる


 ヴキケ。

 王国南西部に位置する町である。

 無法都市、混沌の町、入れば終わりの地。

 二つ名は色々とあった。


 総人口、経済規模、いずれも不明だ。

 おそらく、住民を含めて誰ひとりとしてその正確な数は把握できていない。

 王国内で、最も大規模な都市であるとも言われている。

 正確にいえば、ヴキケは王国領には属していないのだが。


 この町と王国の間では、ある取り決めがなされている。


 王国側は、ヴキケの中で起こる一切のことに干渉しない。

 町の住民は犯罪を外部へはけして持ち出さない。


 その取り決めが、厳密に守られているかは疑わしい部分もある。

 が、今のところ、両者は微妙なバランスの上に共存していた。


 ここには、内外からのハグレ者、ワケありな人物たちが集まってくる。

 町の中では、ありとあらゆる犯罪行為が合法とされている。賭博、売春、違法薬物の取引……。


「おい、出番だぞ」


 扉が開き、係の男から声をかけられる。ストームは彼に背を向けたままうなづく。

 ここは、ヴキケ内にある闘技場だ。

 その参加者のための控え室である。冷たい石壁に囲まれた、狭くて陰気な黴臭い空間だ。


 闘技場ならば他の街にも存在はする。

 ただ、ここはあらゆる面で他とは一線を画する。

 基本的にルール無用。

 相手を死に至らしめることも許されている。

 また、誰であろうとも参戦可能。たとえ、凶悪な犯罪者であっても関係なく。


 ストームはベンチから立ち上がり、傍らの壁に立てかけていた剣を手に取る。

 扉の方へと振り返り、歩き出す。が、すぐに大事な物を忘れかけた事に気づく。

 ベンチに置かれていた鉄製の仮面を手に取り、顔にしっかりと嵌めた。


 ヴキケは治外法権の地である。

 町の中にいる限り、たとえ犯罪者であろうと捕まる恐れはない。

 一方、ここは王国内外のろくでもない連中の吹き溜まりとも言える場所だ。

 ストームは指名手配犯であり、懸賞金も掛けられている。

 マスコミが興味本位で事件を大きく取り上げたせいで、ストームはもはや有名人である。顔を知る者も多くいるはず。

 金目当てでストームを捕らえて王国側へ引き渡そうとする奴らは、たくさんいるだろう。

 そんな連中の前で顔を晒す訳にはいかない。


 地下にある円形の闘技場は、異様な熱気に満ちていた。

 ほぼ満席。千人ほどの観客らの顔ぶれは、様々である。男が多いが、女性や、年端のいかない子供の姿もある。

 いかにもゴロツキ風情な見た目の輩もいれば、どこかの貴族かと思う外見のものもいた。


 対戦相手は、ヤンチャな荒くれ者を絵に描いたような若い男である。

 赤い短髪で、傷とピアスだらけの顔。腕や首には皮膚を埋め尽くすほどのタトゥー。

 ナイフを片手に、舌を出し、中指を立てストームを挑発しまくっている。


「始めッ!」


 審判の掛け声とともに、赤髪男がナイフを振り上げながら飛びかかってくる。

 ストームは軽く避けて、長剣で相手の脇腹を切りつける。


「いでえー! まいったあ。もうやめてくれッ」


 赤髪男はたった一撃で、そう懇願してくる。あれだけイキってたくせに。

 ストームは無視して剣を水平に振るう。ゴトリ、と音を立て、球体が床に落下する。

 物言わなくなった胴体は、バタリと背中から倒れた。


 客席から大歓声が沸く。

 ストームは剣を振って血を払うと、その場を後にした。


「ほれ、本日のファイトマネーだ」


 係の男が、控え室のテーブルに布袋を放り置く。

 ストームは無言でうなづいた。


 一人きりになり、ようやく仮面を外す。 

 ギャラの詰まった布袋を持つと、ずっしりと重たかった。

 闇クエストをやるよりも、ずっと効率良く稼げる。

 どうせ稼ぎの大半は、今宵の飲み代に消えるだろう。明日、生き残れるかも知れぬ身である。

 もはやカリーナもいなくなった自分には、失うものなど何もない。


 ……ん?

 本日の稼ぎを手に、町の雑踏を歩いていたストームは思わず立ち止まった。

 視界の端に、見覚えのある顔を捉えた気がしたからだ。

 念のため、引き返して確認する。


 間違いない。あのエルフの娘だ。すぐ隣に、例の少年もいた。

 なぜ、こんな所に……。

 疑問とともに、ストームの内心に激しい怒りが沸き起こってくる。


 ミノタウロスの間で、カリーナが異常な行動を取ったのは、きっとあの娘のせいである。未だ、ストームはそう疑っていた。

 だとすれば、全部、あいつが原因だ。

 今、自分が、こんな風になってしまっているのも、全て……。

 ゆ、許さねえ。


 ストームは腰の剣に手をかけた。さすがに、こんな人混みの中で襲うのはまずい。

 剣を抜くのを思いとどまった。


 少年とエルフの娘は、人々を掻き分けて、細い路地へと入っていく。

 ストームは他人を押しのけてその後をつけた。

 依然として、あの少年が何者であるかは不明である。行動を共にしている以上、あの娘の仲間だろう。

 あるいはあいつこそが、事態を引き起こした黒幕かもしれない。


 二人は、どんどんと寂しげな方へ歩いていく。やがて、周囲に人気が全くない所まで来る。


 ここならばやれる。


 ストームは、彼らの方へと歩み寄っていく。

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