悪徳上級パーティーをお仕置きする


 先を急ごうと促すノックスらを、僕(ハイザー)は引き留める。


「まて、帰還石リターンストーンを貸してくれないか?」


 ノックスは訝しそうに眉根を寄せる。


「今、ですか?」

「ああ、ちょっと確かめておきたい事がある」

「ていうか、お前が持っているんだろ?」

「えっ、ぼく?」


 グライの言葉に従って、僕は自らの外套やカバンの中を探る。ズボンのポケットから、それは出て来た。

 掌に収まる灰色の丸い石に、黒い線で幾何学的な紋様が刻まれている。黒は時空魔法の特徴だ。

 帰還石リターンストーンである。


「これで、何人まで飛べるんだっけ?」

「五メートルほどの範囲内にいる者を一斉に入口まで飛ばせますけど……」

「どうかしたか?」

「あなたに『ぼく』なんて似合わないですよ」


 ノックスは苦笑する。

 咄嗟の一人称間違いは、ついやってしまう。僕の中では「憑依あるある」だった。気をつけないといけない。


 【Jackジャック】の発動中、「ぼく」本体は極めて無防備な状態となる。


 意識がない「ぼく」の身体を、僕は壁ぞいにそっと横たわらせた。

 その際、さりげなく「ぼく」の外套のポケットに帰還石リターンストーンを入れておいた。

 さらに別のポケットに収まっている、拳大の球体にそっと触れておく。


 グライとノックスに向き合ってから、僕は問い掛けた。


「そういや、言い出しっぺは誰なんだっけ?」

「え?」

荷物持ちポーターを、ダンジョンの奥で見捨てる事を最初に提案したのは」

「あなたでしょう? ハイザー」


 ノックスの言葉に、僕は自分(ハイザー)の頬をぶん殴ってやりたくなった。


「けど、お前達も反対はしなかっただろう? グライ、ノックス」

「まあ、そうですけど」

「もっと高い酒が飲めるようになるからな。そうすりゃ、毎晩よお」


 グライはそう言って、「ぶははっ」と笑う。


 僕は、ゆっくりとふたりの方へ歩み寄る。

 完全に彼らの間合いへと入った所で、強く地面を蹴った。

 腰の鞘から剣を抜き、ノックスを斬りつける。

 反射的に、バックステップでそれを避けるノックス。躱し切れず、紺色のローブの全面がざっくりと切り裂かれる。


「な、何を?」


 思い切り目を見開くノックス。

 隙を与えず、僕は固いブーツの底で、思い切りノックスの顔面を蹴りつける。

 眼鏡が砕け散り、痩せた魔術師の身体は紙の人形みたいに背後に吹っ飛んだ。そのまま壁に激突して地面に倒れる。

 起き上がりつつ、ノックスは靴跡のくっきり残る顔をこちらへ向けた。


「……い、いきなり何のマネですかあッ?」

「お前、頭がおかしくなったのか?」


 あ然とした顔で問い掛けてくるグライ。僕はふたりへ向けて言い放つ。


「俺はずっと、お前達が大嫌いだったんだよ」


 これは、まぎれもない「ぼく」の本心である。


「だから、この場でブチのめす」

「し、正気ですか?」

「ああ。特にノックス、お前がムカつく」

「え?」

「喋り方から何まで癪に障るんだよ」


 それらもまあ、僕の本音である。


「覚悟はいいか?」

「くっ……」


 ノックスがぶつぶつと、何か唱え始める。

 魔法を発動するつもりのようだ。

 僕は弾丸のごとく、ノックスへ向けて駆け出した。ヤツの喉元に強烈な手刀を食らわせる。


「ぐはあっ!」


 これで、詠唱は出来まい。

 僕は長剣を思い切り振り下ろす。

 ノックスは、懐から取り出した短剣の刃で際どくそれを受け止めた。


「おらあッ!」


 僕は右の拳を、ノックスの腹部に背中から飛び出すくらいの勢いで叩き込んだ。


「がふはあぁっ!」


 さらに脳天に、こちらの全体重を乗せた強烈な肘鉄をお見舞いする。


 ノックスは地面にへばりつく様に倒れ込んだ。    

 白目をむいており、完全に意識を失くしているようだ。


 グライは引きつらせた顔でこちらを見ながら、その場で立ち尽くしている。


「次はお前の番だ」


 僕が指さしてそう言うと、グライはハッとしたような顔をする。


「お前、もしかして……」

「え?」


 まずいな。別人格である事を疑われたか?


「そうか、わかったぞッ!」


 グライは確信を込めたような顔をする。


「な、何だ?」

「お前、あのカネを独り占めにする気だろう?」

「えっ、カネ?」

「パーティーで貯めている拠点ホームの購入資金に決まってんだろ。あれを自分だけのものにするために、こんなマネをしてんのかよッ?」


 どうやら、グライはまったくもって見当違いな思い込みをしているようだ。

 けど、せっかくなので、ヤツの誤解に便乗させてもらおう。

 彼らの決裂を決定的なものとしてやるために。


「その通りだ。だから、この場でお前らの息の根を止めてやる」

「ざけんな。んな事すりゃ、お前は殺人罪でブタ箱行きだろうが」

「ここを何処だと思っているんだ?」

「ッ?」


 さっきグライが僕へ放った言葉を、そのままお返しする。


「目撃者がいなければ、罪ってのはないのと一緒なんだぜ。お前らは、ダンジョンの奥地で魔物に食われた事にでもしておくさ」

「こ、この、下衆野郎がッ!」


 お前ら三人が、な。


 ぼくは剣を構え、グライの方へ駆け出す。

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