極悪貴族パーティーに渦巻く誤解と疑念


「あれはやはり、ミノタウロスの術だっ!」


 拠点ホームである家へと歩いて戻る途中、ストームはそう強弁する。


「また、その話か」


 ロドイは辟易したように嘆息する。


「カリーナは、ヤツによって錯乱コンフューズの状態にされていたに違いない。でなきゃあ、俺に対してあんなマネするはずがねえっ!」


 過去、ミノタウロスと交戦した冒険者は何組もいる。

 それゆえ、ヤツの攻撃パターンはかなり把握されており、ギルドに保管された書物によりそれを知る事も出来る。

 ロドイは事前に丹念にそれらを読み込んだ。が、ミノタウロスが状態異常をもたらす攻撃を用いたという記録はなかった。

 基本、物理攻撃一辺倒の魔物である。


「そもそも、寝ているミノタウロスから攻撃を受けたなんて話は聞いた事がないぞ」


 ストームは黙り込んだ。

 あの階層に、錯乱コンフューズをもたらす攻撃をしてくる魔物は出没しない。

 それに、ロドイの目にはカリーナが錯乱している様には見えなかった。


 ストームはハッと何か思いついた様な顔をする。


「ならば、あの娘だっ」

「奴隷のエルフか?」

「そうだ。あいつがカリーナをおかしくさせたに違いねえ」

「あいつは魔法が一切使えないんだぞ」

「本人がそう言っているだけだろう?」

「たしかにそうだが、もしそうだとすれば、なぜ隠していた?」

「それは……」


 またもストームは言葉に詰まる。

 脳筋が、思いつきだけでしゃべるからそうなるんだ。

 仮にあの娘が、他者を錯乱状態にするような魔法を使えれば、もっと早くロドイたちから逃げ出す事も出来たはずだ。

 そもそも奴隷の身になどならずに済んだだろう。


 ロドイはストームへ、皮肉っぽい笑みを向ける。


「もっと単純シンプルに考えればよいだけだと思うがな」

「どういう事だ?」

「あれがカリーナの本性なのさ」

「ふざけんな。カリーナはそんな女じゃねえっ!」

「お前は、なにもわかっちゃいない」


 ロドイは、ストームよりもカリーナとの付き合いは長い。だから、彼女の事はよく知っている。たちの悪い側面も含めて。


 彼らが拠点ホームとしている一軒家へとたどり着く。それなりに立派な外観の二階家であるが、ストームらからすれば、ごくちっぽけな安っぽい住居である。

 何せ、彼らの実家はこの何十倍もの広さ、豪華さを誇るのだから。


 ……ガタンッ。

 二人が一階の居間へと入った時、階上から物音が聞こえた。

 ストームとロドイは互いの顔を見合わす。

 階段を駆け上がるふたり。


 二階部分のおよそ半分を占めるのは、倉庫部屋である。

 複数人が動き回れる広さのあるこの部屋は、戦利品や武器などを保管しておく場のほか、トレーニングルームの役割も果たしている。


 そこへ足を踏み入れた二人は目を見張る。

 部屋の隅に、よく知る人物が佇んでいた。


「カリーナっ!」


 彼女と対面したストームは複雑な心境に陥る。


 ロドイの方は、湧き上がるマグマのような怒りを抑えきれなかった。


「よくもノコノコと戻ってきたものだなッ!」


 カリーナはキョトンとしてみせる。


「何を怒っているのよ?」

「とぼけるな。お前がきのうした事は、殺人に等しい行為だぞッ!」

「ちょっとまって、一体、何があったのよ?」

「もしかして、おぼえていないのか?」


 ストームが眉根を寄せて問い掛ける。


「そうよ、気づいたら町の中にいて……」


 そこでカリーナは、昨夜の雑踏での事を思い出して、顔を赤くする。

 なぜ、自分はあんなアホなポーズを?

 しかも大勢が行き来する場所で。

 酒に酔っていたとしても、けしてやるはずのない愚行だ。


 ストームは、ロドイを見て興奮気味に言う。


「やはり、カリーナは何らかの術をかけられていたんだっ!」


 ロドイはそれに対して半信半疑だった。

 カリーナの言葉を無条件で信じる事は彼にはできない。

 そこでふと、ロドイはカリーナの振る舞いに妙な点がある事に気付く。


「おい、何を持っている?」


 彼女は、自らの右手をずっと背後に隠したままにしている。

 さらに彼女がいるのは、金庫のすぐ手前である。


「な、何でもないわ」

「その手に持っているものを見せろッ!」


 カリーナの顔には、明らかに動揺の色が見て取れた。

 しばし躊躇するそぶりを見せていたが、やがて諦めた様に息をつく。

 隠していた右手を身体の前に持ってくる。膨れた布袋を握りしめていた。

 ロドイがそれをひったくるように奪い取った。中には大量の金貨や銀貨が詰まっている。


「お前、俺達の金をッ!」

「ちがうわ、これにはワケがあるのよッ」

「どんなだ?」

「盗まれたのよ、私の大事な指輪とイヤリングが」

「はあ?」

「だ、誰がそんなマネを?」


 ストームが訝しそうな顔で問う。


「わからないわよ、けどぜんぶ質屋に売られていたのっ!」

「お前の指輪とイヤリングなのか?」

「あれは間違いなく私のよ。どこのどいつの仕業よ、畜生ッ!」

「つまり、それを買い戻すためにパーティーのカネを?」

「て、手持ちがなかったんで、ちょっと借りようしただけよ」


 ロドイには、とても信用できる話ではなかった。


 高度な魔術の使い手であるカリーナから宝石を奪うなど、そう容易にできるとは思えない。


 ロドイは、猜疑心を丸出しの目をカリーナへと向ける。


「疑うなら、質屋に言って見て来ればいいわ」


 ストームは「どうする?」と、目顔でロドイに問う。


「いや、まてッ!」


 何か察した様な顔をしてロドイはカリーナを睨みつける。


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