傲慢領主の威を借りる
人垣の中から、黒いスーツ姿の初老の男が飛び出してくる。バロアの下へ駆け寄ると、その身体を検める。
青ざめさせた顔で、周囲に向けて大声で言った。
「おいっ、回復術師を呼べッ! 腕と脚を骨折しておられるぞ」
人々の間から、どよめきが巻き起こる。
「私はもう帰るぞ」
レイナはそう言って踵を返す。
僕も慌てて動き出し、門の方へ歩き出している彼女の後を追った。
「待たんかあッ!」
野太くて低い声が、庭園全体に響き渡った。
聴くものをすくみあがらせる様な、ド迫力に満ちた声である。
瞬時に人垣がサーっと二つに割れて、通り道ができた。
人々の間を、壮年の男性がマントをなびかせてゆっくりと歩いて来る。
背が高くてがっしりした体格、整えられた顎髭。
無言でも強い威圧感を与えてくる。
バロアの父であり、この地の領主、ダンク・ドグセントである。
レイナを睨みつけながら言う。
「息子をこんな目に遭わせて、タダで済むと思っているのか?」
「私は、模擬戦を挑まれたので応じただけだ」
「模擬戦だと? あれはただの暴力だッ」
ダンクの言葉に呼応する様に、ギャラリー達が囁きあう。
「確かに酷かったわよねえ」
「一方的にボコってたからなあ」
「ありゃ、もはや犯罪じゃね?」
「治安官を呼ぶべきじゃないのか」
「なんて野蛮なのかしら」
レイナへ、野次馬たちから次々と罵声が投げつけられ始める。
僕はただ、彼女の傍で立ち尽くすほかなかった。
「その女を捕まえてくれッ!」
一際、大きな声が轟く。
声の主はバロアである。
すでに回復魔法により怪我は治っているらしく、立ち上がり憤怒に顔を染めていた。
レイナを指差してさらに言い放つ。
「そいつを牢にぶち込んでやるッ!」
バロアに同調するように、興奮気味の人々が一斉に罵りの声を上げる。
それらを浴びせられるレイナは、表情を変えずただ黙って立っていた。
バロアは罵詈雑言を叫ぶ人々の中で、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
僕は、レイナに小声で告げる。
「ごめん、ちょっと気分が悪くて……」
「はっ?」
ダンクは、相変わらず厳しい顔でこちらを睨みつけている。
その目をじっと見て僕はつぶやく。
「ジャック」
ダンクとなった僕は、罵声を発し続けている人々へと向き直る。
あらん限りの大声で言い放った。
「黙らんかあああああああーッ!」
重低音の僕(ダンク)による一喝が、人々を一瞬にして沈黙させた。
それぞれが、驚愕や戸惑いの表情を浮かべて固まっている。
レイナを見やると、「ぼく」の身体を支えながらキョトンとした顔をこちらへ向けていた。
バロアはあ然とした様子で硬直している。
僕はそのすぐ目の前まで行って、怒鳴りつけた。
「悪いのは、全部、お前だろがッ!」
「えっ?」
「模擬戦の言い出しっぺはお前だし、ボコられたのは素直に負けを認めなかったせいだ」
「いや、だって……」
「だいたいなんだその態度は、それがレディに対する言動かああーッ!」
「ひいッ!」
バロアは肩を竦め、泣き出しそうな顔をする。
「た、たしかに」
「あの言い方は、ないわよね」
「うん、考えてみれば、あの娘は悪くない」
「女性にあんな事言うなんて、剣士の風上にも置けないですな」
「男としても失格ね」
今度はそんな声が、ギャラリーらの間から聞こえてくる。
……て、コロコロ変わるヤツらである。
とはいえ、風向きは完全に変わっていた。
バロアはもはや泣きべそをかいている。
「息子の非礼、私から詫びよう。すまなかった」
僕はレイナに向き直り、深々と頭を下げた。
ついでバロアを叱りつける。
「ほら、お前も謝らんかッ!」
「う、うぐ……ひっく」
「泣いていないで謝れッ!」
「ず、ず……ません」
「聞こえんッ」
「ずいませんでしたー」
バロアは崩れ落ちるように頭を下げた。
「そいつに、きつい罰を与えておけッ!」
僕はバロアを指差しつつ、そばに立つ黒いスーツの男らに命じる。
「疲れたので、私はもう寝るッ」
さらにそう言い残して、館の方へ歩き出した。
無茶苦茶でかい建物である。
何度か開けるドアを間違えつつ、ようやくダンクの寝室へとやってくる。
豪華なベッドのサイドテーブルには、オルゴールらしきが木製の小箱が置いてあった。
恐らくこれは、催眠効果のある
蓋を開けると、なんとも心地よいメロディーが流れてくる。
さっそく、すごく眠たくなってきた。
「……ジャック、
僕は硬いベンチの上で寝かされていた。
ガタゴトと揺れており、すぐにそこが馬車の中であると理解できた。
手前ではレイナが腕組して座っている。
こちらに気づくと、だしぬけにこう言った。
「何ともおかしな夜だったな」
「そ、そうだね」
「特に、ダンクの豹変ぶりには驚いた」
「……う、うん」
「キミがやったのか?」
「えっ?」
レイナは、こちらをじーっと見つめてくる。僕の内心を探るかのように。
どう応じてよいかわからず、黙り続けている意外になかった。
「なんでもない」
レイナは顔を車窓の外へと向ける。
しばし無言の時間が続いた後、再び彼女が口を開いた。
「悪かったな、恋人のふりなんかさせて」
「いや、それくらいでよければ、いつでもやるよ」
「ふり、だけでいいのか?」
「えっ?」
「……な、なんでもない」
レイナはポッと頰を赤らめると、また窓の外へと顔を向けた。
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