ストーム、壊れる


 ロドイのメイスによる乱打が、またもストームに襲い掛かる。

 ストームはそれを避け、あるいは長剣で受け止めて何とかしのいでいた。


 通常時であれば、物理戦闘においてはストームの方に分があるはずだった。

 が、【支援魔法バフ】により力や敏捷が大きく底上げされたロドイの攻撃に、段々とストームは押されていく。


「ぐわあっ!」


 メイスの頭部ヘッドがストームの右腕を直撃する。

 思わず手放してしまった長剣が床に落ちて、乾いた音が鳴り響く。


「お前はもう終わりだあッ!」


 ロドイが頭上高くメイスを振り上げる。完璧な間合いとタイミング。

 剣士としての本能がストームに、「避けきれない」と伝えてくる。


 つ、詰んだかっ?


 ストームが覚悟を決めかけた瞬間である。

 突然、ロドイの喉元がざっくりと切り裂かれ、鮮血が噴き出た。


 ……な、何が起きた?


 ストームとロドイ、両者とも即座には事態が理解できなかった。


 二人は同時に、カリーナの方を見た。

 いつの間にか起き上がっていた彼女は、ロドイの方へ向けて掌をかざしている。

 まさしく今、【風の刃エアカッター】を放った直後であるとすぐに推察できた。


 彼女は気を失ったふりをしていたのだと、ロドイは悟る。

 その上で、ずっとこちらの隙を窺っていた……。


「今よ、ストームッ!」


 カリーナの声に反応して、ストームは床から長剣を拾い上げて両手で握り締める。


「くらいやがれえーッ!」


 突き出された長剣が、ロドイの腹に深く刺さる。


「ぐ……はあッ!」


 剣が引き抜かれると、傷口から真っ赤な血が噴き出した。


 ロドイは目を見張り口をパクパクさせる。

 詠唱を試みているようだが、喉を裂かれているせいで、言葉を発する事が出来ない。


 崩れるように膝をつき、ロドイはそのまま床にうつ伏せで倒れ込んだ。


 ストームとカリーナは安堵感から、力が抜けた様にその場でへたり込む。

 ただ、すぐに自らの行為が極めて重大な意味を持つ事を察する。


 ……仲間殺しを犯してしまった。


「こ、これは正当防衛だッ!」


 ストームが叫ぶように言い放つ。

 確かにその通りではある。けれど……。


「こうなった訳を、どう説明するつもりよッ?」

「そ、それは……」


 恐らく、ストームらは治安官から取り調べを受ける。仲間割れに至った経緯について、厳しく問い質されるだろう。

 そうなれば、先日、ダンジョンでストームたちがした行為についても露呈する可能性が高い。

 適当な噓でごまかせるほど、相手は甘くない。

 彼らの中には、嘘を見破るスキルの持ち主もいるのだ。


 ロドイの死体を何処かに隠すか?

 その場合、ロドイは突如として失踪した事になってしまう。

 シルバー級パーティーの一員で、有力貴族の子息が行方をくらませば大事件である。

 ストームらが聴取を受ける事は不可避だ。


 奴隷を買って自爆攻撃を強要する。

 超がつく重大かつ悪辣な犯罪である。


 新聞などでも大々的に報じられてしまう。

 一族の恥さらしと詰られ、ふたりはそれぞれの実家から除籍される。

 それ以前に、極めて重い刑罰が……。


 ダンジョンの奥では何をしてもバレない。

 そう豪語していたのは、他ならないロドイだ。ストームもそれを固く信じていたが。


「ま、ママ……」


 ストームの口からぽつりと言葉が漏れる。


「え?」

「うわあーッ、ママあ、助けてよおー」


 床に突っ伏して泣き始めるストーム。

 カリーナは、その様を見てあ然とさせられる。


 ……ストームってこんな男だったの?


 彼女の強い失望をよそに、ストームは声を上げて泣き続ける。

 しびれを切らしたカリーナが言い放った。


「泣いたってしょうがないでしょう?」


 涙でくしゃくしゃになった顔を上げるストーム。


「ど、どうするんだよ?」

「逃げるわよ、この町から」

「本気か?」

「そうする以外ないでしょう?」

「けど、どこへ?」

「そんなの、逃げながら考えるわ。とにかくカネが必要よッ!」


 ストームとカリーナは、家中からあるだけの金や銀貨、さらに武器や防具などもかき集めた。

 それらは何れも高級品なので、売却すればかなりの額になるはずだ。


 それらをすべてカリーナの【収納ストレージ】で亜空間に納める。


 ちなみに彼女の【収納ストレージ】は、人間は死体を含めて収納できない。

 ロドイをここから運び出す事は難しかった。

 大急ぎで二人は家から出て行く。


 一人残されたロドイはもはや虫の息であるが、かろうじて生きていた。

 首や腹から流れ出たどす黒い血痕が、床に広がっている。


「……よ」


 何とか治癒魔法を発動しようと詠唱を試みるも、声がうまく発せない。

 その後もくり返し唱えようとするが、ごく短い言葉を発する事すらできなかった。

 もはや、意識が薄れかけてくる。


「……え、よ」


 頼む一度でいいから、発動してくれ。


「いぇ……よ」


 ロドイの喉が、わずかに白く光る。

 【回復ヒール】の発動。

 ごく小さな効果であったが、首の傷は少しだけ癒せた。

 これでさっきより、断然、言葉を発するのが容易になった。

 もう一度【回復ヒール】を用いて、喉元の傷を完全に治す事ができた。


「我が身を、完治させよ」


 ロドイの全身が、まばゆい白い光に包まれる。


 【完全回復グレーターヒール】、発動。


 光が収まると、彼の腹部に受けた傷は完全に塞がっていた。

 ロドイはしばらくの間、寝転がったまま動かずにいた。


 やがて、あるひとつの感情のみが彼の内心を占めてゆく。

 身を起こしたロドイは、拳で床を激しく殴りつけた。


「くそおおおおおおおわああーっ!」


 あまりに力を込めて硬い床を何度も殴り続けたせいで、ロドイの手の骨が砕ける。


 まじで許さねえっ、あの二人。


 彼が復讐の鬼と化した瞬間だった。

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