ミノタウロスの間


 ランクを持たない国民が存在しない訳ではない。


 成人していない者、あるいは何らかの理由で一度もリコルナから【ランク判定】を受けた事がなければ、ランキングの対象外となる。


 エルフは寿命や成長速度が人族とは大きく異なるから、あの子が成人か否か見た目から判断するのは難しい。

 仮に成人しているのに、一度もランク判定を受けていないのであれば、何らかの訳アリと思わざるをえない。


 そんな者を、シルバー級のパーティーが同行させる意図が不明だ。


 エルフの少年は文字通り何もしていなかった。


 魔物と遭遇すれば紫の血族パープルブラッドの三人が、剣やメイス、魔法により即座に片づけていく。


 エルフの少年はやや離れた所に佇んで、その様子を緊張した面持ちで眺めているだけ。

 手ぶらであるから、荷物持ちポーターという訳でもなさそうだ。


(本当に、何の為に連れて来られているんだ?)


 僕の疑問は放置されたまま、ストームたちはどんどん奥へ、下へと進んでいった。


 出没する魔獣も、段々と強そうなヤツばかりとなっていく。


 こうやって強力なパーティーの後をこっそりつけて深い階層へ潜るやり方は、小判鮫コバンザメなどと呼ばれている。

 ギルドの規定で禁止されている訳ではないが、冒険者からはとかく軽蔑の的となる行為だ。


 その割に結構、リスクは高い。

 背後から、魔獣に襲われる可能性は少なからずある。先行するパーティーに、こちらの存在を気づかれてもまずい。


 ストームたちはついに六階層までやって来た。

 ダンジョンへ入ってから、すでに五時間以上が経過している。


 彼らは今、は食事休憩の最中だった。

 岩場に腰掛けて、各々がパンや干し肉などを口にしている。

 僕もめちゃくちゃ腹が減ってはいる。

 が、今日はダンジョンに潜る予定なんてなかったから食料など携行してきていなかった。


「本当に何の魔法も使えないの?」


 カリーナが、エルフの少年に問い掛ける。


「う、うん……」

「まさに宝の持ち腐れね。それだけ強い魔力を持っていながら」

「ようやく、その魔力が役に立つ訳だ」


 ロドイの言葉に、カリーナが「そうね」と皮肉っぽい笑みを浮かべる。

 彼らの言動に、僕は妙な不安を感じずにはいられなかった。


 休憩を終えた彼らは、再び歩き出した。


 六階層の一部は、白い床と壁の細い通路が延々と続く領域となっている。

 縦横、複雑に入り組んでおり、まるで迷路だ。


 ストームたちは地図を頼りにそこを進んでいく。

 出没する魔物も、僕が見た事もないめちゃ強そうな種ばっかりだ。

 彼らは難なくそれらを片づけ、どんどん迷路を歩み進めてゆく。


 やがて、暗い、円形の大広間へ足を踏み入れた。

 荘厳かつ重厚な空気に包まれている。


 床は黒っぽい敷石が、隙間なくの敷き詰められており、天井は見上げるほどの高さがあった。

 燭台が穿たれた石柱が、等間隔で外周を囲んでおりホール内を薄く照らしている。


 奥には巨大な椅子が置かれ、恐るべく巨躯の持ち主がそこに着座している。


 体長は五メートル以上ある。丸太のような太い腕や脚、頭部から鋭く伸びる牛の角。


 思わず、僕は声を上げそうになった。


(……ミノタウロスっ!)


 ストームは、慎重に様子を窺いつつミノタウロスへ近づいてゆく。


「大丈夫、ぐっすり就寝中だ」


 牛の魔物は首を垂れて舟をこいでいた。

 大半の時間、ミノタウロスはああして眠りについていると言われている。


 これまで、何組かのパーティーがあの魔物の討伐に挑んだがいずれも失敗に終わっている。

 ゴールド級のパーティーですら討伐できなかった難攻不落の強敵だ。


 倒さなくても下の階層へ進む事が出来る。うっかりこの場に迷い込んだとしても、大抵が就寝中だから難なく退避は可能だ。

 わざわざ、戦う必要のない相手なのである。


 けど、ストームたちはあえてここへやって来た。

 という事はつまり……。


 僕は入口付近の柱の陰に隠れて、彼らの様子をうかがい見た。


「よし、アレを出してくれ」


 ストームに促されて、カリーナが前方に右掌をかざす。

 【収納魔法ストレージ】だろう。

 ぼとり、と宙から黒くて人の頭くらいの大きさの塊が地面に落ちる。


(な、何だあれは?)


 亀の甲羅を思わす形をしており、五本ほど細長い触手らしきが伸びている。


 ストームがその黒い物体を拾い上げる。


「動くな」


 ストームから命じられたエルフの少年は、その場で直立不動の状態となる。


 彼の腹部に黒い物体が押し当てられた。触手が素早く腰に巻き付き、そこで固定される。


「な、何なの、これ?」

「そいつは、爆裂系の魔道具アーティファクトだ」

「ば……」


 エルフの少年は表情を凍り付かせる。


「爆破の威力は装着者の魔力次第だ。お前ほどの魔力があれば、かなりの破壊力が期待できる」


 ロドイは説明を続けながら、ミノタウロスを振り向く。


「あのバケモノを倒せるかはわからないが、甚大なダメージを与える事は間違いない。可能な限りヤツの近くで爆破させろ」


 エルフの少年は激しく首を振る。


「い、イヤだっ」

「何を言っている? その為にお前を買ったんだ」


 買った? つまり、あの子は……。


「なぜ、こんな事を?」


 エルフの少年の問い掛けに、ストームが応じる。


「俺は何でも一番が好きなんだよ。あいつを倒せりゃ、ゴールド級への昇進も確実だ」

「ぼ、ボクは死にたくない」

「よかったじゃない? 使えもしなかったその魔力が役に立つんだから」


 カリーナは侮蔑的な笑みを浮かべた。

 さらにストームが言い放つ。


「俺たちの踏み台となれる事を光栄に思え」


 どこかで耳にした様な台詞である。


「さあ、あの魔物のすぐ傍まで近寄れっ!」


 ストームがミノタウロスを指さして命じる。


 エルフの少年は観念したような顔で、ゆっくりと踵を返す。

 ミノタウロスの方へ向けて、恐るおそる歩き出した。


(是が非でも、止めなければならない)


 けど、どうやって?

 仮に僕がストームの身体を【Jack】したとする。

 あの装置の解除方法が、僕にはわからない。


 ……どうする?

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