銀級パーティー、紫の血族


 店内は先ほどまでとはうって変わり、やけに楽し気な雰囲気に包まれていた。


 うるさくて、迷惑この上ない人物がいなくなった上、思いがけず昼食が無料タダになったのだから当然だろうけど。


「あの」


 僕は、傍を通りかかったミアに声を掛ける。


「あ、ルティスさん、だいじょぶですか?」

「えっ?」

「身体ゆすっても全然、起きにゃなかったので」

「ごめん。ちょっと疲れてたから、ぐっすり寝ちゃってたみたい。注文、いいかな?」

「今日は、ランチが全品、無料ですニャ」

「えっ、本当?」


 さも驚いたような反応を僕はしてみせた。


 せっかくだから、一番値段の高い、魔獣肉を使ったミートパスタの大盛を頼んだ。

 運ばれてきた熱々のそれを、じっくりと堪能させてもらった。


 店の扉が開閉する音がして、直後、客らがちょっとざわつく。

 見ると、入口に二人の男女の姿がある。

 金髪でイケメンの青年と、露出が高めの装いをした赤髪の美女だ。

 有名人なので、この場の誰もが知っているであろう二人である。


 シルバー級の冒険者パーティー「紫の血族パープルブラッド」のメンバーであるストームとカリーナ。


 冒険者らは、その実績に応じてランク付けがされている。

 「シルバー級」は上から二番目にあたる。

 ハイザーたちはその一つ下の「ブロンズ級」だった。

 ちなみに僕のランクは、最低の「ウッド級」である。


(今日はやたらと大物に遭遇する日だな)


 ストームとカリーナは僕の斜向かいのテーブルに隣あって座る。

 せっかくなので……。


序列鑑定ランクアナライズ


 結果、ストームが『一一七九位』。

 カリーナは、『一五八三位』だった。


 レイナには及ばないものの、どちらも僕からすれば見上げる程の高順位者ハイランカーである。


 二人はそれぞれ飲み物だけを注文すると、テーブル上に地図らしきを広げる。それを眺めながら、あれこれと話し始めた。


 僕がパスタを食べ終える頃、また別の二人組が店内に入ってきた。

 一人は、白い祭服を身につけた、灰色の短髪の若い男。

 回復術士のロドイだ。

 紫の血族パープルブラッドのもうひとりのメンバーである。


 彼と共にやってきたのは、少々奇異な身なりをした人物である。

 グレーの外套を羽織っており、フードで頭部をすっぽり覆っていた。顔も見えず、年齢や性別もわからない。

 小柄で華奢な体型なので、女性っぽくはある。


 ロドイらは、ストームらと同じテーブルにつく。

 紫の血族パープルブラッドは三人編成のはずだ。

 あと一人は何者だろう?


 他の客たちも、ちらちらと彼らを窺い見ていた。


 僕は新たに来店してきた二人にも、【序列鑑定ランクアナライズ】を施してみた。


 ロドイは『八九二位』。

 三人の中では、彼が一番の上位なのか。


 で、フードの人物は……。


 『順位なし』。


 えっ?

 予想外の鑑定結果に、僕は思わず声を発しそうになる。


 ストームがその切れ長の目を、店内へ睨む様な視線を走らせる。

 客たちは彼らから視線をそらして、黙り込んだ。


「いくか?」


 そう告げるとストームは席を立つ。他の三人もそれに続いた。

 どうやら彼らは食事の為ではなく、単にロドイらと待ち合わせする為にここへ来たらしい。


 会計を済ませようとすると、ミアから「結構ですニャ」と言われていた。やや戸惑いを見せながら、彼らは店を後にする。

 食事をすでに終えていた僕も、後を追うように店外へ出た。


 ストーム達は、真っすぐ町の外へと向かう。

 そのままダンジョンへ続く舗道を歩き出した。


 僕は少し距離を取って、彼らの後をつけた。

 妙に気に掛かかってしまった。あの外套の人物が何者であるのか。


 ダンジョンの入口へたどり着くと、ストームらは鉄扉の前で門兵に冒険者証ライセンスを提示する。

 扉を開けてもらうと、奥の階段を降りて行った。


 彼らの後を追って、僕も同様の手続きを経てダンジョン内へ足を踏み入れる。


 紫の血族パープルブラッドは、メンバー全員が有力な貴族家の子息や令嬢である。


 貴族で冒険者をしている者はけして多くはないけれど、さほど稀有な存在でもない。


 彼らが冒険者をする理由は様々だ。

 単にスリルを求めてとか、騎士や魔術師としての箔をつけるためという場合もある。

 ダンジョンは、それらの目的を果たす上でうってつけの場といえる。

 ただ、冒険者登録しなければダンジョンへ入る事は許可されない。


 下級の貧乏貴族であれば、稼ぐためにやっている者もいるだろう。けど、ストームたちに限ってそれはないはずだ。


 ちなみに、ストームとカリーナは恋人同士でもあるらしい。

 金持ちで実力もある。おまけにあんな美人の彼女まで……いや、やめておこう。


「ここまでくれば、もう平気だろう」


 一階層のだいぶ奥の方までやって来た所で、ストームが言う。


「顔、隠さなくてもいいわよ」


 カリーナの言葉を受けて、外套を着た人物がフードを取る。

 現れた顔を見て、ぼくは息を呑んだ。

 銀色のショートヘア。透けるような白い肌に、濃いブルーの瞳。何より特徴的なのは、その長く尖った耳である。


(……エルフ族?)


 うれいを帯びたような、さびしげな横顔だ。


「ぼ、ボクはどうすれば?」


 エルフの子がおずおずと問い掛ける。ボク……男の子なのか?

 顔つきや声の感じは、まるきり女の子みたいだけど。


「お前はただ、俺達についてこい」


 ストームがエルフの少年を指さして命じる。 

 カリーナが腰に手を当てて彼を見下ろす。


「遅れないでよね」

「う、うん」


 紫の血族パープルブラッドの三人とエルフの少年は、奥へと進んでいく。


 僕は余計に、好奇心を刺激させられた。


 あのエルフは何者で、ストームたちの目的は何なのか?


 少しの間を置いてから、僕は彼らの後を追いはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る