極悪貴族パーティーを罰する


 エルフの少年はミノタウロスのいる方へ、一歩ずつ前進していく。


 ストームら三人は、入口近く、僕の隠れている柱のそばまで退避してきた。

 そんなにも、あの子に取り付けられた魔導具アーティファクトの威力はすさまじいのだろうか。


 ストームの左手には、小さな板状の物体が握られていた。もしや起爆装置か?


 なんとかあれを奪い取って……いや、駄目だ。


 僕があれを手にした所で、操作方法を知らないのだから爆弾を解除ができるかわからない。


「なにをノロノロしているの? もっと早く歩きなさいよっ」


 カリーナが苛立った様子でそう命じつつ、前へ歩み出ようとする。


「もう少し下がっていろ」


 ストームに制止されたカリーナは、僕のすぐ横辺りまで後退してくる。


 そこで僕はふと、ある方法を思いつく。

 ただ、うまくいく保証などない。が、もはや一刻の猶予もなさそうだ。


 柱の陰から、僕はそっと這い出た。

 息を殺してカリーナのすぐ背後へ近寄り、肩を軽く叩いた。こちらを振り向いた彼女は、僕を見て大きく目を見張る。

 声を発する間は与えない。

 その見開かれた瞳を見つめて僕はつぶやく。


「ジャック」


 無事、カリーナの身体を乗っ取った。


 ストームとロドイの意識は完全にミノタウロスらの方へ向けられている。

 僕は彼らに気づかれないよう、音を立てないよう「ぼく」の本体を柱の陰に寝そべらせた。


 エルフの少年は、ミノタウロスのすぐ目の前まで近づいていた。


「あと二、三歩近寄れっ」


 ストームが冷徹に言い放つ。

 エルフの少年は言われた通り、さらに二歩、前へと歩み出る。

 彼の手が、伸ばせばミノタウロス身体へ触れられる程の近さだ。


 ストームの指が手元の起爆装置らしきへ伸びた。

 僕は脱兎のごとく駆け出す。


「えっ?」

「おいっ!」


 驚きの声を上げるストームとロドイを無視して、全速力でミノタウロスの方へ走った。


 エルフの少年のもとへたどりつくと、その上半身に抱き着く。

 彼ごとストームらの方を振り向き、言い放つ。


「今すぐこの爆弾を外せッ!」

「お前、何をやっているんだ?」 


 あ然とした顔をするストーム。

 僕は、さらに強く彼の上半身を抱きしめた。


「さもないと……」


 えっ?

 柔らかくて弾力のある感触をおぼえ、思わず腕を解いた。


「き、キミ、女の子なの?」


 僕の問いかけに、エルフの少年……いや少女は混乱し切ったような顔で頷く。


「早く、そこから離れろおッ!」


 ストームが強い口調で叫んだ。


 ……て、今はエルフの子の性別に戸惑っている場合ではなかった。

 そもそも僕は今、女性(カリーナ)なのだから恥ずかしがるのは不自然だ。

 改めて、エルフの少女の上半身をぎゅっと抱きしめる。


「早くこいつを解除しろおっ!」


 爆発で恋人が吹っ飛ばされてもいいのか?


「そいつは一度取りつけたら、もはや解除は不可能なんだッ!」

「う、ウソだッ、そんなの……」

「本当だ。バカな真似はやめて、早くその娘から離れてくれッ!」


 解除方法がない?

 そんなはずはない。だとすれば、そんなものは魔道具アーティファクトとして不完全と言わざるをえない。

 きっと、僕(カリーナ)をエルフの少女から遠ざけるためのハッタリに違いない。


「もうしばらくすれば、自動的に爆発するぞ」


 ロドイが冷徹な口ぶりで言う。

 僕は背筋が凍りつき、思わず身体を震わせる。

 いや、きっとそれも嘘だ。

 僕をこの場から離れさせるための……。


 けど、もし本当にこのまま爆発したらどうなる?


 こういった事態ばかりは、一度も試したことはないから未知だ。

 僕は自らの身体に戻れるのだろうか?

 あるいは……。


「頼むから離れてくれえーッ!」


 ストームが必死の形相で懇願する様に叫ぶ。


「これを解除しろおーっ!」


 僕も同じくらいの熱量でもって言い返す。


「く、くそおおおーっ!」


 ストームが苦渋に満ちた様な顔で、掌の中の装置を弄る。


 ……ぼとり。

 エルフ少女の腹部から、黒い塊が地面に落ちた。

 僕の口から安堵の息を漏れる。


 ストームたちが、こちらへ駆け寄って来る。


 ロドイが地面に落ちた爆裂系の魔道具アーティファクトを見てから、僕らを怒りのこもった目で睨みつける。


「こいつは一度取り外すと、もはや使用不能なんだぞ。どうしてくれるっ?」

「さあね」

「手に入れるために、どれだけのカネと手間が必要だったか知っているだろう?」


 エルフ少女の手を握りしめて、僕は入口の方へ駆け出す。

 本体の「ぼく」が横たわっている柱まで来た僕は、ストームたちを振り返った。


 【Jack】した状態であれば、その人物が持つスキルや魔法は僕の意思で自在に用いるができる。


「風よ、切り裂け」


 僕が唱えると、【風の刃ウィンドカッター】がストームとロドイへ向けて高速で放たれる。

 それをストームとロドイはそれぞれ左右に素早く跳んでかわした。

 端から、彼らを狙った訳ではない。


 二人の間をすり抜けた風の刃は、広間のさらに奥へ飛んでいく。

 相変わらず頭を垂れているミノタウロスのすね辺りに命中して、血飛沫が舞った。


 ストームとロドイが同時にこちらを見る。

 どちらも目を見開き、表情を凍り付かせていた。


「お、おおお、お前……」

「なな、なんて事を」


 就寝中のミノタウロスは、ちょっとやそっとで覚醒する事はない。

 実際、僕とストームがあれだけ大声で怒鳴り合っていたのに、目覚める気配すらなかった。


 が、わずかでも攻撃を受けた場合は別らしい。


「ぐおおぉ……」


 低く重い唸り声とともに、魔物はその牛頭をゆっくりと持ち上げる。


「ぐおわあああーッ!」


 ミノタウロスの咆哮が広間全体に響き渡り、僕の鼓膜を激しく震わせた。


 傍らの壁に立て掛けてあったバカでかい棍棒を手にすると、ミノタウロスはそれを杖代わりにのっそりと立ち上がる。

 座っていた時より、威圧感がはるかに増す。

 真っ赤な瞳でストームたちを見下ろした。

 次の瞬間、予備動作もなく突進し始める。

 一歩ごとにホールの床が大きく揺れた。


 ストームとロドイは、必死の形相で僕らの方へ駆けて来る。


 そばまで彼らが来る前に、僕は唱える。


「我らを、逃れさせたまえ」


 青白い光が周囲の床から発生して、辺りを包みこんだ。

 【帰還リターン】、発動。


「まってくれえッ!」

「おいていくなあっ」


 悲痛そうな顔で叫ぶストームとロドイのすぐ背後へ、ミノタウロスの巨体が迫っていた。

 柱の様な棍棒が、彼らの頭上へ振り上げられる。


 強い光が僕の視界を覆いつくす。


 次の瞬間、僕(カリーナ)と「ぼく」それとエルフの少女は、ダンジョンの入口にいた。

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