レイナからの頼みごと
夜の街道を急ぐ馬車に、僕は揺られていた。
乗客は、僕の他にもう一人いる。
手前の席には、ぶすっとした顔で腕組みするレイナが座っている。
そんな表情をしていても、思わず見とれてしまいそうなくらい綺麗だった。
……て、どうしてこうなった?
そもそものきっかけは、領主ダンク・ドグセントがアドニの町へ視察へ訪れたことである。
それ事態は定例の行事である。が、三か月前に行なわれた際は、息子のバロアも同行させた。
父とともに馬車から町の様子を見てまわっていたバロアは、偶々、見かけたレイナを一目で気に入ってしまった。
いわば、一目惚れしたらしい。
以後、冒険者ギルドを介して、バロアからレイナへ何度となく食事などへの誘いがあった。
レイナは、そのすべてを無視した。
ただ、バロアの方にはまるで諦める気かないようで、誘いはその後もしつこく続いた。
今夜、領主館にて彼の十九歳の誕生日を祝うパーティーが催される。
ぜひ参加するよう、熱烈に訴えてくるバロアからの手紙がレイナの元へ届けられた。
無論、彼女には行くつもりなど微塵もなかった。
ただ、領主様の主催するパーティーである。無碍に断れば、冒険者ギルドとの関係にも影響しかねない。
顔だけでも出すようデレクは彼女に懇願した。
『いっそ参加して、彼にハッキリと断ればいいじゃないですか』
デレクはレイナにそんな進言もしつつ説得した。
そうすれば、以後の誘いは来なくなるはずだと。
『何と言って断ればいいんだ?』
そう問い返す彼女に、デレクは一抹の不安を禁じ得なかった。レイナの事である。
どストレートな物言いで、相手を立ち直れなくさせる恐れもあった。
やんわり、婉曲的に断るといった配慮は、彼女には期待できないとデレクは判断したようだ。
『ならば、既に恋人がいる事にすればいい』
それならば、バロアも諦めるざるをえないのではないか。
デレクの案にレイナはこう応じる。
『私に恋人なんていないぞ』
『別に、本物である必要はないでしょう』
誰かに、恋人のふりをさせればよい。
で、たまたまあの場に居合わせた僕が、なぜかその役目を担うハメになった訳である。
レイナとギルマスからお願いされたら、僕ごときが断れるはずがない。
「大丈夫ですかね? こんな格好のまんまで」
パーティーまで、もうほとんど時間はなく、移動も考えれば僕らには着替える暇もなかった。
そもそもパーティーに相応しい服なんて、僕は一着も持っていないけれど。
レイナは、こちらをちらりと見やる。
「敬語はやめてくれ」
「えっ?」
「年齢はそう変わらないだろう?」
ランキングは天と地ほども違うけれど。
「いや、けど……」
「好きじゃないんだ。使うのも、つかわれるのも」
「そ、そう?」
向こうがそう言うのであれば、こちらとしては従わざるを得ない。
「呼ばれたから行くだけだ。どんな格好だろうが勝手だろ?」
「会場に入れてもらえないかもしれないよ」
「それならそれで構わない」
「……そ、そう」
馬車は街道を走り続け、目的地へはおよそ一時間で到着した。
様々な種の美しい草花が咲き誇る広い庭園。その中に佇む豪奢で大きな館。
その手前で馬車は停まった。
館の周囲は堅牢そうな鉄柵で囲まれており、門前には警備の兵が立っている。
「何だあ、お前たちは?」
僕らを見るなり、警備兵が思い切り眉根を寄せて問うてくる。
「パーティーに呼ばれたものだ」
腰に手を当てたレイナが答える。
「はあ?」
警備兵は、明らかに僕らを小馬鹿にしなような笑みで首を傾げてみせる。
僕の危惧は、その通りになったようだ。
「あ、あの、レイナ・バーゼルとその連れだと伝えてください」
そう僕が言うと、相変わらず警備兵はこちらを見下しているとわかる態度のまま、館の方へと歩いていく。
玄関の前にいる黒いスーツを着た壮年の男性に、兵は何やら告げている。
スーツの男は僕らを見て目を見張ると、隣にいる兵を怒鳴りつけていた。
ついで、大慌てでこちらへかけてくる。
「レイナ・バーゼル様ですね?」
「そうだ」
「たた、大変失礼をばいたしました」
スーツの男は、そう言って深々とと頭を下げる。
どうやら、下っ端の兵にまでは彼女の事が伝わっていなかったようである。
「ささ、こちらへどうぞ」
僕らは門の中へと招き入れられる。
無事に、パーティーへと参加させてもらえるようだ。
レイナは、やけに残念そうな顔をして、ため息をついているけれど。
館の前にいる無礼千万な警備兵は、顔を真っ青にしてこちらを見ている。
僕らが近づくと頭が地面につくくらい、頭を深く下げていた。
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