ノワが魔法を使えなくなった理由


 強い期待を込めた目を向けてくるノワに、僕は言い出せなかった。

 自らのランクが彼女よりもずっと低いなんて。


 今、新たに【判定】を受ければ、僕の順位は大きく上昇する可能性が高い。

 スキルが使用できるようになり、各種ステイタスの値も上がっているからだ。


 ゆえに僕は、二度と女神の【判定】を受けるつもりはなかった。


 ともかく、これでノワは冒険者になる資格を得た訳である。

 僕は彼女を連れて、冒険者ギルドの館へとやって来た。


「この娘の登録をしてもらいたいんだけど」


 僕がそう申し出ると、受付のミラベルはなぜか目を見張って硬直していた。


「あのー、聞いてる?」

「え、は、はいっ。とと、登録ですね」


 ミラベルはあたふたと登録用紙を取り出してカウンター上に差し出す。


 一応、ノワは読み書きが出来るようだ。けど、書き込める項目がほとんど見当たらない。


 年齢は不明、出生地もどこかの森の奥としかわからないという。

 現住所はとりあえず、この町の宿屋にしておく。

 他に埋められるのは名前、それと現在のランクくらいだった。


 それでも受理されて、ノワの冒険者証ライセンスは無事に発効された。

 来る者は拒まずの精神は本物のようである。


「あのさ、新人にもできそうな依頼ってあるかな」


 僕はノワを伴ってミラベルに問い掛ける。


「ほ、他の人に聞いてくださいっ」


 ミラベルはプイっとそっぽを向いてしまった。

 えっ、何で?

 忙しいのだろうか。とてもそんな風には見えないけれど。

 こちらへ視線を戻したミラベルはどこか寂し気な顔で僕を見る。

 ただ、またすぐに顔をそらされてしまった。

 自力で探すしかなさそうだ。


 既にお昼過ぎ。もはや掲示板に貼られた依頼書の数は寂しい限りである。

 割の良い依頼は、午前中の早い段階ですべて誰かが受注してしまう。

 今日の所は諦めるしかないか。


「ノワ、魔物を狩った経験はある?」

「うん」

「武器は?」

「弓だよ。けどあまり得意じゃないんだ。ボク、不器用だから」

「魔法は使えないの?」


 ノワは目を伏せてうなづく。

 ストームたちとの会話で、彼女は魔法が使えないと言っていた。一方で、強い魔力を保持しているらしい。

 そのせいで、彼らに利用されかけた訳だけど。


「ボクにはロックが掛けられているんだ」

「ロック?」


 聞き慣れない言葉に、僕は首を傾げてしまう。


「強すぎる魔力の持ち主が生まれると、ボクらの部族では、オサが連れてきた術師がロックを掛けて魔法を封じる」

「なぜ?」

「他の種族に、ボクらの居場所を気づかれてしまう危険があるからだよ」


 確かに強大な魔力を発せば、遠くからでもスキルや魔道具アーティファクトで感知される危険がある。

 そのせいで、部族が存亡の危機に立たされた過去もあるのだという。


「ロックっていうのは、具体的にどうやるの?」

「詳しくはわからない。ボクが赤ん坊の頃だから」

「たとえば、身体のどこかのに刻印とかは?」

「ないよ。ロック精神ココロに施すものなんだって」

「こころ……」


 それを聞いた僕はある仮説を思いつく。


(鍵が掛けられているが精神であるならば……)


 試す価値は、あるような気もする。

 けど、その為にはまず、僕のスキルについてノワに打ち明ける必要があった。

 彼女は、どんな反応を示すだろう?

 それが少し怖くもあった。


「ノワ、話しておきたい事があるんだ」

「なに?」

「僕のスキルについてなんだけど……」


 言いあぐねる僕にノワの方から逆に問われる。


「ルティスは他人の身体を乗っ取れるんでしょ?」

「えっ?」


 思わず目を見張ってしまう僕。


「あの女の人、ルティスだったんだよね?」

「……か、カリーナ?」

「おかしいと思っていたんだ」

「えっ、何が?」

「名前を聞かれたから。あの人たち、ボクの名前になんて興味がなかったのに」


 ストームたちにとって捨て駒とする奴隷の名前なんて、どうでもよかったのだろう。


 もはやノワには隠す意味がなさそうである。

 僕は、スキル【Jack】の効果や使用法について説明する。


 彼女の顔からはこちらが危惧していた畏怖や嫌悪といった感情は読み取れない。

 それどころか、興奮気味にこう述べた。


「すごいよ、ルティス。そんな凄いスキルの持ち主だったなんてッ!」


 僕は初めて他人に自らのスキルを打ち明けた。

 ちょっとスッキリした気分である。


「で、ここからが本題なんだ」


 ノワに掛けられたというロックに関する僕なりの考えを口にする。


「ぜひ、やってみてよッ!」


 またもやノワは興奮を露にする。


「イヤじゃないの?」

「えっ?」

「それを試すには、僕がノワに【Jack】する必要があるんだよ?」

「そ、そりゃ他の人ならイヤだけど……ルティスだったら構わないよっ! それに、ボクもぜひ確かめてみたいから」


 僕らは、町の裏手にある森へやって来る。

 まずは人目は避けるべきだろう。


「じゃあ、やるよ」

「う、うん」


 僕と対面して立つノワは、緊張した面持ちでうなづく。

 ノワの澄んだ瞳をじっと見つめる。


「……ジャック」


 いつもの感覚と暗転の後、僕はノワになっていた。


(何か、凄く気恥ずかしいな)


 これまで、数え切れないくらい他人の身体を乗っ取ってきた。けど、気心の知れた相手を対象とするのは初めてだ。

 ……ともかく、仮説について試そう。


 ロックが掛けられているのがあくまでノワの精神であるならば、心が別人の状態であれば魔法が使えるのでは?


 ノワは【氷雪魔法】のスキルを獲得しているようだ。


 本来であれば、彼女が魔法を用いる条件は整っているはずだ。


 魔法の発動する上で肝要なのは、想像イメージ詠唱チャント


 詠唱はより長く複雑である程、多様で強大な効果が期待できる。

 想像イメージをどこまで実現できるかは、使い手の魔力に依拠する。


 まずはごく簡易で短い詠唱で試してみるか。


 すぐ近くに、ノワの倍くらいの背丈の樹木が生えている。

 僕はその木が凍りつく様を、強く頭の中で想像イメージする。


「凍てつけ」


 ……はっ?


 目の前の光景に、僕は身を見張り、固まる。

 

 樹木は凍りついていた。

 根本からてっぺん、枝葉の先端まで完全に凍結している。


 たったあれだけの詠唱で……。


 どうやら、ノワは、魔力の潜在能力ポテンシャルがぶっ壊れているらしい。

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