第32話 非公式な訪問
デュポン公爵家へは、陛下に許可をもらっていない非公式のものなので家紋がない馬車を使い、後宮の兵士を数名護衛として付けることにした。
誕生日の日も翌日も結局、陛下には会えなかった。ずっとお戻りにならないので話も出来ていないから、仕方がない。
気持ちを切り替えて俺は、馬車に乗りながらデュポン公爵夫人に聞くことを整理した。
あの日、なぜ具合が悪くなったのか。夫人が吐いたものの中に、明らかに食べ物ではない…恐ろしい見た目のものがあったこと。それが何か、心当たりがあるのかどうかと、心当たりがある場合、誰に、いつ貰ったのか…。それにあの湿疹…。
夫人に確認した後、返答によってはヒューゴにも話を聞かなくては。なぜあの日あの場所にいたのか、なぜ俺の服を探していたのか…。
デュポン公爵家は王都東の、住宅街の最奥にある。デュポン公爵家の領は別のところにあるため、王都にある家は社交シーズンに使用するタウンハウスだが、それでも王家の縁続きとあって広大な敷地に贅を尽くした作りになっている。ヒューゴ・クラテス伯爵邸も立派な邸だが敷地面積などを考慮すればデュポン公爵家が圧倒する。つまりデュポン公爵家はかなり目立つのだ。更にいまは夫人が倒れて、話題の的。そこに俺が出入りしたとなれば、火に油を注ぐことになってしまう。
俺はあまり目立つのは良くないと考え、馬車は大通りを迂回させて走らせた。
馬車は迂回した、とは言ってもそこは王都の道。石畳の補正された走りやすい道を、一定の速度で馬車は順調に進んでいった。
馬車の窓からは王都東の最奥にあるデュポン侯爵家の門が小さく見え始めた。ということは、もう間も無く到着するだろう…。
さらに進むと正面から一台、馬車が走ってきてすれ違った。その馬車と、自分の乗っている馬車のコツコツという音を窓の外を眺めながら聞いていた。
すると少し後方から馬の走る蹄の音が追加された。こちらを通り過ぎるのだろうか?随分と速度を出している。すれ違う分には、先ほども馬車とすれ違ったのだ、幅としては問題ないだろうが…。
あっという間にその馬は、俺の乗っている馬車を追い越し、そして大きく嘶いた。
俺の乗っていた馬車は大きく揺れて止まった。その衝撃で俺は体を支えていられず、座席から転げ落ちてしまった。
何が起こったのか、ここからは見えないから分からないが、ひょっとして、通り過ぎようとした馬が、馬車を引く馬に衝突したのだろうか?
事故かもしれない...。
不安を感じながらも、起き上がろうとすると、外にいた護衛の兵士が「何者だ!」と怒鳴る声が聞こえる。俺は何とか立ち上がり恐る恐る、窓を覗くと…。
窓の外では頭と顔を麻袋で隠し、黒装束姿に黒マント姿の怪しい男が馬にまたがったまま、今まさに護衛の兵士に剣で切りかかるところだった。兵士も応戦したが、黒づくめの男が明らかに優勢。
強い!これは無理だ…。
危ない!と叫ぼうとしたが、恐ろしくて声が出ない。
俺は王立学校でも成績は中の下、剣はめちゃくちゃ弱いんだぞ…!
護衛の兵士は剣を弾かれ、手を痛めたのかどこか切られたのか、蹲ってしまった。そしてもう一人の護衛も、あっという間に倒されてしまう。
黒づくめの男は馬車のドアを剣を使って乱暴に開けた。中にいた俺の腕を掴んで強引に引きずり下ろす。
なんて力だ…!
俺は何とか振りほどこうと、抵抗を試みたが叶わない。黒づくめの男は暴れる俺の腹をけり上げて黙らせた。腹を蹴られて俺が地面に突っ伏すと、黒づくめの男は馬から縄を取り出して持ってきた。どうやら俺を縄で縛るつもりらしい。
縛られたら終わりだ…!俺は護衛の兵士が弾き飛ばされた剣を拾い、黒ずくめの男に切りかかった。一瞬、麻袋の下のその男の口元に笑みが浮かんだように見えた。
男は剣を振り下ろし難なく剣先をかわすと、俺の胸を突く。
死んだ…!
剣で突かれた瞬間、カシャン、という金属音とともに、俺は吹き飛ばされて転がった。剣で突かれたが、まだ死んではいないようだ。どうにか立ち上がって、最後の抵抗を試みる。そこら辺に落ちている石などを掴んで投げつけたが、黒ずくめの男はびくともしない。俺を捕まえて縛り上げると、俺の頭に麻袋を被せた。その麻袋の中には、フォルトゥナの花が大量に入っていた。
今度こそ死んだ…!視界が曖昧にゆがんで…遠くで微かに、別の馬の嘶きが聞こえた気がする。
「アルノー!!」
やはり俺は死ぬんだな…?最後に、陛下の声を聴いた。
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