第37話 魔鏡遊び
丸い手鏡はちょうど真ん中を突かれ、二つに割れている。細かく砕けた鏡を丁寧にを取り除くと、ケースから鏡が外れた。鏡をそのまま取り換えるにはもったいないくらいの大きさの鏡が残っている。でも二つにわれているから、そのまま鏡として顔をみる用途では使えないけど、加工すれば何かに使えるかも…飾りとか…。他には…”魔鏡”はどうだろう?子供たちと遊べるかもしれない。
魔鏡とは鏡の裏面を彫って表面に凹凸を作ることで光の屈折を生み、表面に光を当てた時に模様を浮き上がらせることが出来る鏡のことだ。表面はツルツルなのに、裏面に彫った模様が浮き上がると言う不思議な鏡はその昔、占いなどにも使われたらしい。ちょっと面倒だけど、昔兄と作って遊んだ記憶がある。楽しかった…。
表面はツルツルなのに光をあてて模様が映ったら、王女達もビックリするかな?俺が作って見せてもいいけど、これはみんなで何の模様にしようか、って話しながら作った方が出来た時に、感動するんだよな…。
人と会うことは禁止されているが、俺は明日、王女達に会わせてもらえないかテレーズ様にお願いすることにした。
テレーズ様にお願いするとあっさり、俺の部屋に王女達を連れて来てくれた。俺も戸惑うくらいの決断の速さだったので、“陛下に許可をとったのでしょうか…?”などと野暮なことは聞かないことにした。
王女達にはテレーズ様経由で、事前に魔鏡の事を話しておいた。
王女達は手鏡でなく、もう少し大きい鏡を作りたい、と言って、「使っていない」らしいメインディッシュを乗せる皿くらいの大きさの、真鍮でできたトレイを用意してやって来た。
王女達は大騒ぎしながらデザインを考え、裏面に絵を描くと、木工用の鑿で絵を削っていく。何を彫っているか、俺には見せてくれないらしい。王女達は俺に背中を向けてしまった。
ちょっ…、仲間外れ?!久しぶりに皆で楽しく作りたかったのにぃ…!
俺は一人寂しく、割れた鏡にファイエット国の国旗を彫った。裏面を彫り終わったら表面を研磨する。表面は研磨剤を塗って、ピカピカになるまで磨いていく。
「そろそろいいんじゃないかしら?!」
ピカピカになった鏡を見て、王女達が俺に聞いた。
「うん、いいと思うよ!」
俺が頷くと、王女達は笑顔になった。でも、どこで試そう。暗くならないと実験できないし、危なくない場所は…。俺が考えていると、リリアーノは俺に言った。
「アルノー大丈夫!場所の手配はまかせて!夕食を食べたらみんなで行きましょう!」
「え、大丈夫?!リリアーノ、すごいな!あと、明かりは…。」
「大きめのランタンがあればいいのよね?問題ないわ。」
流石、陛下の娘!わずかな説明で、それだけ用意できるなんて、賢いなあ~と、感心した俺は思わず拍手した。俺の拍手を聞いたリリアーノはリディアと視線を合わせてにやり、と笑う。
ん?何…?
何だか思わせぶりな笑みに、少し引っかかりを感じた。
夕食は王女達と一緒に、久しぶりに食堂で摂ることを許された。やっぱり、大勢で食べるとおいしいよね…!俺はそれだけで笑顔になってしまった。
夕食を終えると、王女達に手を引かれて城の南側…鏡の間へ向かった。テレーズ様と、護衛の兵士も一緒だ。大勢で行くから、それは安心材料ではあるのだが…鏡の間は、あまりいい思い出がない。リリアーノが準備してくれた、ということで、俺はなるべく平常心で部屋の中へと入った。
「鏡に光を当てるのね?」
部屋に入ると、ランタンを手に持ったリリアーノが俺に尋ねた。
「うん。光を反射させて、壁に映すんだ。凹面は光が収束して明るくなるし、凸面は光が分散して暗くなる、それで裏面の模様が浮かび上がる仕組み。さあ、やってみよう。俺が作ったものから。」
俺のが作った小さい魔鏡に光をあてて、反射した光を壁に映す。すると…。
「ほら!成功!どう?!」
「すごーい!!本当に背面の模様が浮かび上がったわ!表面は普通の鏡なのに…!」
「本当に不思議ね!魔法みたいだわ!」
王女達はキャーとみんな喜んでくれた。確かにこれ、魔法みたいだ!王女も俺もテレーズ様まで笑顔にしてしまったんだから!
「よかった、喜んで貰えて…。あの、せっかくもらった鏡を割ってしまってごめんね…。でも、国旗を彫ったし、ずっと大切にするから…。」
「いいのよ!アルノーの命を助けられて良かった!アルノーの命には代えられないわ。」
俺の謝罪に、リリアーノは首を振った。鏡が割れた理由も、知っていたんだな…。俺は思わず、涙が出そうになった。
「ねえ、他にも実験して見て良い?」
「そうそう、ほらあの、大鏡とか…!なにか秘密があるかもしれないわ!ずっと気になっていたの!」
そう言ってリリアーノとリディアは大昔は魔道具だったという大鏡をランタンの明りで照らした。大鏡に映った光は反射して、真っ直ぐに反対側の壁に映る。もちろん、細工はされていない大鏡だから映し出されるのは光だけ…。
反射する光は、決まった方向に真っ直ぐに伸びていく。予め、決まった方角に鏡を調整しておけば、決まったところに光を映せるはずだ。
ナタの神がかりを見たあの日も、大鏡はあった。
光は…?俺はどこにいた?確か壁側で、少し薄暗かった気がする…。
王女達は今度は、壁に映った光の道に手を入れて、影絵遊びを始めた。
「アルノー見て!キツネよ!」
「アルノー!わんわん!」
王女達は、いろいろな影絵で遊んでいる。
ふいに、「私も影絵を作りたい!」と言ってランタンを持っていたリリアーノが鏡からランタンを外した。すると、影絵はすぐに消失してしまう。当然だ…光がないのだから。
あの日…俺の身体に、痣が浮かび上がった時はどうだっただろうか…あの時は…。
俺に浮かんだ痣も、一瞬で消失した。ちょうど、シャンデリアが落ちて、光が消えた後だった…。
そうだ、光…。
俺はあの時シャンデリアに照らされていると思っていたが、本当にそうだった?俺は薄暗い壁側にいたのだ。そしてあの時、俺たちの周りには遠巻きに見る人は多くいたが遮るものは少なかった……。
俺は考えている内に、胸がどきどきとした。
――これは仮説だ…実験してみなければ…本当に出来るかはわからない…。
考え込んでいると、王女たちが俺を照らした。これは、魔鏡の光…?
王女たちは器用に光を旋回させて、今度は鏡の間の扉を照らした。俺は、映し出された魔鏡の絵を見て、顔が引きつった。ちょっと待ってくれ……!
その時丁度、照らされた扉の向こうから、足音が聞こえてきた。こんな時に、誰か来る!ま、まずいっ!
止める暇もなく、鏡の間の扉がゆっくり開く。入って来た人物は光で、顔を顰めた。その人はまだ、文字を読める位置にいない。俺は魔鏡を動かしている王女達のところへ急ぎ走った。
「こ、こらー!やめなさい!」
「お父様~!見えた?!私たちからのプレゼント!」
リリアーノとリディアが叫ぶと、文字はまた少し旋回した。陛下は光の文字を目で追っている。
魔鏡からは相合傘の左右に、陛下と俺の名前が映し出された。陛下はそれを見て、苦笑いしている。俺はいたたまれなくなって追いかけるのをやめて立ち止まった。
陛下が魔鏡に映し出された文字を見たと確認したリリアーノとリディアは魔鏡とランタンを俺に手渡した。
そして「おやすみなさい」と言って、陛下が入って来た入り口とは反対側から、妹たちを連れて出て行ってしまう。
最後に出て行ったテレーズ様からは「話してこい」という視線が送られた。
だって、そんな…。
戸惑う俺に、陛下が近付いてくる足音がする。
どこから話せばいいのか、全く見当がつかない…。
「アルノー。」
久しぶりに、名前を呼ばれた。それだけで俺は涙を溢していた。
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