第31話 二十一歳になりました
俺は後宮に戻ってから、意識が回復したというデュポン公爵夫人宛に「お見舞いに行きたい」という手紙を書いた。後宮に戻って数日が経過していたが、デュポン公爵夫人が薬について何か語った…という話が聞こえて来ないので、俺は居ても立ってもいられなくなったのだ。
デュポン公爵夫人からは了承との連絡があった。俺は陛下に許可を取って、先触れを出そうとしたのだが…。
「しばらく、城の執務室に寝泊まりされる、ということですか?」
「ええ、そのようです。」
「何かあったのでしょうか…?」
「さあ、私にはさっぱり…。」
後宮の官吏は気まずそうに俺に相槌を打った。もう聞かないでくれ、という態度である。俺はピンと来た。
最近、ナタの姿を見ていない。どうやらナタも城に呼ばれているらしいのだ。そして俺が戻ってから後宮の官吏たちが、やけに優しく俺に接してくる…。ってことはさ、陛下とナタが城でしっぽり過ごしてるってことでしょう?!ねえ、そうなんでしょ?!もういっそのことはっきり言ってくれよ!
陛下も陛下ですよ!そういうつもりなら、なんで俺を連れて帰ったんですか…?!思わせぶりなことしちゃってさあ!あ、本気で俺を後宮の雑務と子育て担当だと思ってる?!いや、そういえば初めからそういう結婚だった。それはそうだけど…。
俺は涙が溢れそうになった。か…花粉のせいなんだ!これは…。
しかしフォルトゥナの花はもう、最盛期を過ぎたようで、ヒューゴからは「そろそろ時期ではありませんから、お薬はやめていただいて大丈夫だと思います。」という丁寧な手紙が送られて来た。ヒューゴは役立たずのところにはもう、診察にはいかない、という立ち位置を取るつもりのようだ。
そこはメアリーとほぼ同じだな。メアリーは俺が戻って来たので、テレーズ様のところから俺の担当に戻されてしまったことを嘆いていた。そして俺のために何かしても仕方ないとばかりに、今まで以上に仕事から逃げだすようになってしまったのだ!おい、メアリー!給料分は働いてくれッ!
あ、また鼻の奥がむずむずしてきた…最盛期が過ぎたって、どこかで咲いているに違いない。花粉のせいなんだ、これは…!だから泣いてない…!そう言うことにしておこう…。
そんな状況下のため、独断でデュポン公爵家へ先触れを出すことにした俺は、手紙をメアリーに託した。メアリーは面倒だと文句を言っていたが他に頼める人がいないと言うと「おいたわしや、アルノー様…これがアルノー様の最後の託けかもしれませんから。」と嫌味を言いながら手配をしてくれた。
その日の夜は俺の誕生日だった。
陛下はやはり、城から戻ってこないらしい。
別に、陛下は馬車の中でも、俺を祝うとかそんなことは言っていなかった。ただ俺が…少し期待していただけ。結婚して初めての誕生日を、好きな人に祝われたい…と。
陛下不在の食堂には、子供たちとテレーズ様が揃っていたが、陛下がいないからなのか夕食の席は静かだった。
食事が終わると、リリアーノが真っ先に席を立った。リディアと、年少組の子供たちも慌ててそれに続く。
「あ、ちょっと…食後のご挨拶を…!」
「まあ、お待ちなさい。」
食後の挨拶をしない子供たちを俺が叱ろうとすると、テレーズ様は口元をナプキンで優雅に拭いながら俺を引き留めた。
それでも、と俺が席を立とうとすると、部屋の明りがすべて消えた。
あ、これって…?もしかして…?
明かりが消えた後、子供たちがホールケーキを持って、食堂に入って来た。ホールケーキには火がついた蝋燭がさしてあり、暗闇を優しく照らした。
子供たちは俺の前にケーキをそっと置く。
「アルノーおめでとう!二十本も蝋燭を指すのはあぶない、って止められたから、大きい蝋燭を二本と小さい蝋燭が一本になってるの!さあ、火を消して!」
リリアーノに促されて、蝋燭を消すと、子供たちみんなが「おめでとう」と言って拍手をしてくれた。
「アルノー、これはみんなから!開けてみて!」
リディアに渡された小さな包みを開けてみると、中には手のひらサイズで丸い折り畳み型の金属ケースがはいっていた。色とりどりの花の模様があしらわれた金属ケースの中には鏡がついていて、それは持ち運び用の手鏡のようだ。俺、男だけど…鏡?
「おばあ様のところにくる商人から買ったのよ。これはね…私たちからアルノーへの助言でもあるの!」
「助言?」
「そうよ。アルノーはよく見たらかわいいから、大丈夫よ!っていう助言!」
「そうそう、ナタは確かに美しいけど…アルノーもかわいいわ!よく見てみなさい、ってことよ!」
もうほぼ大人のリリアーノとリディアに今の事情は筒抜けらしい。それで、直球で慰められたぁーっ!
恥ずかしくて俺は赤面した。ひょっとして知らず知らずのうちにまた顔に出てた?!子供に心配されるなんて、大人失格…!!
笑おうとしたのだが涙が溢れてしまった。なんとか「ありがとう」と絞りだすように言うのが精いっぱい。そんな俺を見てテレーズ様は声を出して笑った。
美しい花の模様の付いた手鏡…。そっと開いてみると、赤い目をした俺が映っていた。鏡に向かって少し、微笑んでみる。かわいくはない、普通だと思う。
でも…。子供たちの気持ちが俺の心を優しく癒した。誰かに思われる、というのは、一番の薬なのかもしれない。
俺は陛下と同じように、小さなその鏡を胸ポケットに忍ばせた。こうするとほら、胸が暖かい…。
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