第30話 三十五歳はおじさんなのでしょうか

刺繍がほぼ終わる頃、陛下や王女たちが戻ってきた。陛下は孤児院の子供達に丁寧にお礼を言ったのだが、マルセルには言わなかった。


 ん…?陛下?


 陛下は、教会の関係者に一通り挨拶すると、俺を呼んだ。


「帰るぞ、アルノー。」

 

 陛下の声掛けに、俺は笑顔で頷いた。


 王女たちは俺のそばに集まって「相合傘のおまじないが効いたのね、きっと!」とはしゃいでいる。そうだ、ハンカチ…。

 俺は陛下に、二人のイニシャルの入ったハンカチを差し出す。それを見た陛下は笑顔になってそのハンカチを胸ポケットに大事そうにしまった。



陛下たちと馬車に乗り込む直前、マルセルと孤児院の子供たちが俺のところにやって来た。


「アルノーこれ!」


 一番先頭の子供が俺に花束を手渡す。次にその後ろの子供が二人で出て来て、リボンがついている袋を差し出した。


「え、っと…ありがとう!でもなんで…?」

「もうすぐ誕生日だろ?本当は当日渡そうと思ってたんだけど、急にもう帰る、っていうからさ…。」

 マルセルは「だからこれバザーの残りのクッキーなんだけど…ごめん…。」と自嘲気味に笑った。

「あ、ありがとう!覚えてくれて…!」

「覚えてるよ…だって…。」


「ご、ごほっ…!」


 俺とマルセルが話していると、突然、陛下が俺の前に立って咳払いした。


「ありがとう。マルセル…。」

「いえ…。」


 陛下は少し微笑むと、マルセルにお礼を言った。

ん?なんで陛下がお礼?


 戸惑う俺を他所に陛下は俺の背中を押して馬車に乗せた。もう少し、子供たちと話したかったんだけど…。


馬車が走り出してから車窓から手を振っていると、リディアに服を引っ張られた。

「アルノー、もうすぐ誕生日なの?いつ?」

「え~と…来月?」

「来月って来週じゃない?!」

リディアは「なんで言わなかったの?!」と、驚いている。なんで、と言われても、誰も聞いてこなかったから、としか言いようがない。“もうすぐ俺の誕生日だから祝ってくれ”といえる環境でもなかったし。


「アルノーはなんしゃい?」

 俺の正面に座っているシャーロットは三歳らしい、微笑ましい質問をしてくれた。

「今度、二十一になるよ。」

「えっ、そうなの?!」

 リディアはまた驚いている。え?!もっと老けて見えてる?!

「成人の十八は超えているとは思っていたけど、二十一なの?!もっと若く見えるわ!」

 驚いているリディアに代わってリリアーノが感想を漏らした。あ、そっち…?!それって子供っぽいってこと?!

「そうするとお父様とアルノーは十五歳差なのね?思ったより離れていなくて安心したわ。」

「え、でも十五歳でも十分離れているわ。私とアルノーが十歳差なのよ?!十歳なら“お兄さん”だけど、十五歳だと“おじさん”に感じてしまうもの。アルノーは童顔だから、余計ね。」

 童顔?!確かにあなたたちと比べると、彫りが浅くて“童顔”かもしれないね!俺はちょっとむっとしたのだが、リリアーノとリディアは二人で好き勝手感想を言い合い、はしゃいでいる。


「いい加減にしなさい。」


 陛下が二人を叱ると、みんな少しピリっとして、シャーロットに至っては俺の膝の上に逃げて来た。

 陛下はバツが悪そうに「人を“おじさん”など、悪く言ってはいけません…。」と拗ねたように言ったので、子供たちは噴き出して、気まずい空気は一層された。


 陛下は全然“おじさん”には見えないけど、子供たちから見たら確かにおじさんの年齢だ。気にしてたんですね?陛下…俺も少し笑った。



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