二章
第12話 抱かれない花嫁は傷付いていたようです
どうしてこうなった?
「アルノー殿下…このお茶、私が煎じたものです。どうです?香りが違うでしょう?」
まるで夜闇の精のような美しい星詠みの青年、ナタは俺に不思議な香りのするお茶を差し出した。
「アルノー殿下。あなたは繊細な方だ。フォルトゥナの花粉にも反応してしまうのですよ?こんな出どころ不明なものを口にしてはいけません。」
神経質そうな切れ長の鋭い目をした医師、ヒューゴは俺からナタが入れたお茶を取り上げてしまった。
一触即発、である。
こわいっ!俺の前で揉めるのは辞めてくれっ!
「陛下から王妃様達の死後、宮廷医はいないと伺っておりましたが?」
「先日、アルノー様の治療をした功績が認められて、アルノー様の主治医として後宮に使える事、陛下より任を受けております。」
「陛下が、妃を四人も見殺しにした男にお任せになるでしょうか?私は昨日、アルノー様の危機をお救いし、直々にこの後宮て尽力してくれと拝命されておりますが…。」
「左様でございますか。どんな寸劇を演じられたのか、絡繰を見極めようと言う心づもりでは?どうやって妃達に取り入ったのかも含めて…。」
「ふふ…。」
妃たちは三人なのにナタは四人、と口にした。ヒューゴもナタが妃たちに取り入ったと言う。どういうこと?俺の疑問を他所に二人は俺を挟んでテーブルを囲み、意味深に笑い合った。
だから怖いって!
昨日俺が陛下に「花粉のせいで涙が出た」と言ったことが伝わったようで、診察をすると言って朝食後、ヒューゴが部屋までやって来たのだ。
それと同時に星詠みの青年ナタも俺の部屋に入って来てしまい…この舌戦である。
「おい、そろそろ出ていけ。診察できない。」
「出ていくのはあなたの方では?私はここに、部屋を与えられておりますゆえ。」
えーーっ?!後宮に部屋まで?!
確かに昨日の、ナタの神がかりを見れば、呪われた後宮に居てくれと懇願したくなるのもわかる気がする。しかもこの男は美しい…シュミーズを着ても抱かれない俺と違って!
「私がいるからには必ず殿下を呪いから守ります。ご安心下さい。殿下。」
「いや、こいつが最も安心できない。いつ陛下の褥に潜りこもうとするか…。」
「殿下を差し置いて、そんなまさか…。」
そのまさか…!あるよ、ありえる。だって陛下はたいして美しくもない俺を愛さないって言っていて…なのにこんな美しい男…ナタに後宮の部屋を与えてさ…フツー、目的は一つじゃない?!
ああ、またちょっと涙が出て来た…。いや、こ、これは花粉なんだ!
「殿下…。大丈夫です。イリエス陛下はきっと、男性に不慣れなのですよ。殿下が少しだけリードして差し上げれば…。今度私が教えて差し上げましょう。」
でも下着姿でさえ怒られてるのにリードも何もなくない?!ナタは心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。だから大丈夫だって!ぐすっ!
「おい、お前何のつもりだ。そんな事が許されると思うな!殿下は娼婦ではないんだぞ!」
ヒューゴは強い口調でナタを非難した。ちょっ…、本気で庇われたら余計可哀想な感じになるからやめて欲しいんだけど…!
「”そんな事”ではありません。こんなに傷付いてらっしゃるのに!」
ナタに言い切られて俺は、愕然とした。俺は陛下の態度に怒っていると思っていたのだが、実は、傷付いていたんだろうか…?いーや、違う!違うはずだ、たぶん…!じゃないと惨めすぎるだろ!?
俺が一言も発さないでいると、ヒューゴはついにナタを力尽くで追い出した。俺を診察したヒューゴは「少し薬を変更いたしましょう。」と苦笑いした。
変更すると言いながらヒューゴは前回と同じ塗り薬と、飲み薬を置いて帰っていった。
ヒューゴの診察が終わると、子供達全員がやって来て、それと入れ違いにメアリーが姿を消した。なんだか慌ただしいなぁ…。
王女達の家庭教師はまた風邪を引いたらしい。もうこのまま辞めるつもりだろうか?それなら別の教師か、何か考えないとまずい。予算のこと、豊穣祭のこと、陛下にも相談しなければ…。
でも陛下に相談するのは嫌だ。今、話したく無い。
俺の思惑を知ってか知らずか、後宮の官吏が陛下が今夜お渡りになるという知らせを持ってやって来た。
ちょうどメアリーがいなかったということもあって、俺は咄嗟に断ってしまった。具合が悪いと言って。
あー、子供か俺は。自分に呆れる…。
そんな断り方をしたから夕食には行けず、メアリーにも断った事がバレてしまった。
「なぜ、お断りになったのですか?!仮病ですよね?!」
メアリーに激怒されたが話す気になれない。
「全く…お断りになった隙に、あの男が陛下の閨に入り込んでしまったらどうなさるおつもりなのですか?!既に後宮に部屋を与えられ…正式に愛妾か側妃になるのかも知れませんよ?!」
俺はメアリーの言葉にまた衝撃を受けた。俺は呪われた後宮に嫁いだから、俺の後から誰かが嫁いで来ることは無いとタカを括っていた。
ナタは男とは言え、俺と違って美しいから、呪われる危険もあると判断されるのではないだろうか?呪われる危険があるなら、正式に輿入れとはならないのでは…。
そこまで考えて、俺は全然、その心配がないから王配なんだという事実にまた落ち込んだ。
やっぱり俺は傷付いていたのかも知れない。俺の顔を見たメアリーでさえそれ以上何も言ってこなかったのだから。
陛下からは夜、書簡が届けられた。それは豊穣祭に協力してくれる貴族のサロンへの招待状だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます