第28話 告解

「少し話そう。」


 陛下が向かったのは教会の告解室だった。


 ファイエット国教会の信者は年一回、告解を行う。告解とは司祭を通して神に自らの罪を懺悔し、許しを乞う信仰儀礼だ。この教会の告解を行う”告解室”は箱型の小部屋。中央にテーブルが置いてあり、上にカーテンがかけられていて、部屋は二つに仕切られている。

 入り口の扉は二つあり、一つは司祭用、もう一つは信者用。二人でそれぞれに入って向かい合って座るのだが、中央はカーテンで仕切られているから姿は見えず、声だけが聞こえる仕様になっている。


 陛下は俺を信者の部屋へ入れると、自分は司祭の部屋へと入る。陛下が椅子に座る気配がした後、軽く咳払いをしてから陛下は話しを始めた。


「神に心を開いて、懺悔しなさい。」

「懺悔…!?」


 本当に、告解を行うということ?


「告解は毎年、誕生日の月に行なっていまして、まだ少し先ですが…。」


 突然の事に俺が戸惑っていると、陛下はまた咳払いをした。


「別に、何度行なっても問題ない。懺悔する事がある時はな…。例えば…結婚している身でありながら、他の男と二人きりになって抱きしめられてしまった、とか…。」

「先ほどのことを仰っているのですか?あの、…マルセルは孤児院にいた時に一緒に暮らした、弟のようなものだから…。以前は一緒に寝ていたし…、何でもありません。」

「もう、相手もお前も子供ではないんだぞ?不用意だと思わないか?」

「はぁ、申し訳ありません。」

 でも結婚式の時、浮気してもいいって言ったのは陛下だ…。俺は密かに不貞腐れた。それが声に出ていたのかも知れない。

「不服があるのだな?申してみよ。」

 不服はたくさんある。今までの陛下の発言…結婚式の時の、お前を愛する事はないと言ったこと、ナタを後宮に住まわせた事、どう頑張っても俺を全然抱かないこと…。

 …見つめられ、微笑まれると胸が苦しくなること、あなたに似ている子供達が愛おしいこと…。そんなこと、言えるはずがない。


「ありません。特に…。」

「何でもいい。言ってみろ。」


 俺は責められて、逡巡した。そんなに責めなくても良いのに…。それじゃあと、俺はあまり問題無さそうな不満をひとつだけ言うことにした。

 

「不服では無いのですが。…私が男だから…後宮にいるのに陛下の御子が産めなくて、肩身が狭い、と言う事でしょうか?」


 要するに、愛されず抱かれもしないのに後宮にいて気まずいって事だよ?伝わった?!


 しかし俺の不満は自分で思っていたよりも切なく物悲しい内容だったようで、陛下は沈黙してしまった。――ああ、失敗した。別の話題にすれば良かった…。


 沈黙が続いた後、陛下はカーテンの下から手を出して、机の上で俺の手を包み込むように握った。顔は見えないけれど、手の温もりが心地良い…。


「アルノー…。アルノーのその悲しみは、私が引き受けたい……。…良いだろうか?」


 陛下の問いかけに、俺は返事ができなかった。


 涙が溢れそうになるのを堪えるだけで精一杯。



 俺が答えられずにいると、陛下は俺の手を握ったまま、静かに話を再開した。


「次は私の番。アルノー、司祭役を頼む。」

「は、はい…。神に心を開き、懺悔しなさい。」

「……私は、妃達を三人、見殺しにしました。」

「へ、陛下…、それは陛下のせいでは…!」

「聞いてくれ、アルノー…。」


 陛下はそう言うと、俺の手を指で擦った。言うのを少し、躊躇う、そんな仕草。


「その後、私に恋人がいた事は知っているな?」

「は、はい。」

「自身の死期を悟った側妃が、自分の看護をしていた侍女を世継ぎを産めと言って私に当てがった。彼女はよく尽くしてくれた。私も、彼女を愛していると思っていた。しかし…。」


 陛下はそこで言葉を切った。俺の手を握る手も、少し震えている。俺は思わず陛下の手を握り返した。


「彼女もまた亡くなった。その時に思ったのだ。私は本当に、彼女を愛していたのだろうか?と。利用したのではないのか?妃達が死んだ原因を探るため、生贄として…。」

「まさか、そんな...…!」

「違ったとは言い切れない。私は、自分で自分が信じられなくなった。彼女は……”見殺し”どころか、私が殺したに等しい……。だから私には、誰かを愛する資格がない…。」


 だから、俺に“お前を愛することはない”、”私を信じるな”と言った…?そんな…理由だったなんて…!

 俺は陛下の手をより一層強く握った。


「陛下は、そんな方ではありません。陛下がそんな方だったら、王女殿下達があんなに良い子な訳がありません。」

「アルノー…ありがとう…。」

「陛下、私は陛下の苦しみを取り除きます。きっと。」

「だったら、これから私の告解はアルノーが受け持ってくれ。それだけでいい…。」

「はあ…。でも私は教会で行儀見習いしかしていない、下っ端ですが…よろしいのですか?高名な司祭の方がよろしいのではないでしょうか?」

「アルノーが良いんだ。私は…。」


 陛下は俺の手をまた指で擦った。これは、言うのをためらう時の、サインだったりする?


「アルノーは、私が担当する。」

「えっ?!なぜ?決定?!」

「不満なのか?私はファイエット国教会の首長だぞ?」

「は、はぁ、でも…。」

「何故嫌なんだ?そう言えば、生前妃達も嫌がっていたな…。いつも、決まった老司祭が担当だった。」

「だって結婚生活のことで悩んでいるのなら、当人である陛下に相談は出来ません。その点、年老いた司祭なら、安心かも…。」

「…はぁ、傷ついた…!」


 陛下はそう言ってぱっと手を引っ込めると、中央のカーテンを開けた。

 部屋の中は暗い。けれどもう、暗闇に目が慣れて陛下の顔を見ることができる。美しい碧色の瞳、薄く形の良い唇…。


 暗闇の中で二人、手を握りながら見つめ合った。

 握り合った手の熱を、持て余すほどに…。


 俺はもう一度、心の中で懺悔した。



 ああ…、

 好きになってしまいました。陛下を…。


 最初から散々、牽制されていた…。今日だって”愛する資格がない”と言うのは、“愛さないでくれ”ということなのかも知れないのに。


 陛下や王女達のために後宮に呪いはないと証明する。その決心に嘘、偽りはない。デユポン公爵夫人の話を聞けば…きっと真相に迫るだろう。けれど…、今は恐ろしい…。俺が…"呪われない花嫁"が後宮に必要なくなって、この、手の温もりを失う事が。


 本当に、解決に向かわせて良いのか、と、今…一瞬でも思わなかった?



 精一杯、赦しを乞うた。――少しだけ、願わせてくれ…。

 一秒でも長く、この夜が続きますように。

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