第52話 実家に帰らせていただきます!

 豊穣祭まで本当にあと僅か。

 太陽は一段と高くなり、本格的な夏季を迎えつつある。


 俺はなぜか自室ではなく、後宮の来客用応接室で妙齢の令嬢達に囲まれていた。


「エルザ・デビュイで御座います。デビュイ公爵家の次女で御座います。」

「私はヴィオレット・コルトーです。コルトー侯爵家の長女、十八歳です!」

「私はナディア・レドレルと申します…。レドレル伯爵家の三女です。」


 彼女達は皆、若くて可愛らしい上に家柄も良い。何と全員、陛下のお嫁さん候補なんだって!それを絶対抱かれない花嫁の俺が面接してるんだよ?!ねえこれ、どんな地獄?!

 

 彼女達の挨拶を聞き、メモを取りながら…卒倒しそうなのを何とか耐えた。


 後宮が呪われていないと分かるや否や、貴族の年頃の娘達の親から、陛下のお嫁さんになりたい旨の身上書が殺到したのだ。陛下には王子がいないから…、テレーズ様が張り切って、お茶会という名の選抜会を開き俺はそれに引きずり出された、というわけ。


 しかも…。


「アルノー殿下は刺繍が得意だとか…私もです!」

「アルノー殿下、私もクッキーが焼けるのですよ!アルノー殿下もお好きと聞きました。」

「私、アルノー殿下と同じ、二十一歳なのですよ?ですから王立学校では同級生ですわね。なつかしいわあ!」


 彼女達は俺と仲良く出来る!という事をやんわり主張する。なぜかというと、陛下が嫁選びは「アルノーに任せている」って言ったんだって。ねえ、だからどんな地獄?!

 別に俺が選ばなくても、若くて健康そうでついでにおっぱいがおっきくてメイド服が似合いそうな子を陛下が選んだらいいんじゃないの?!その好みを自分で言えないから俺に言えっていうこと?!


 嫌だ、嫌すぎる!

 

 何とかお茶会をやり過ごし応接室を出ると、「アルノー殿下!」と先ほどの令嬢の一人がまとわりついてきた。

「あの、最終的に何人くらい輿入れとなるのでしょうか?」

「さ、さぁ…?私にはさっぱり…。」

「やはり以前と同じ、三人でしょうか?今日も三人呼ばれていますし。」

「え、あ、いや…。どうだろう…?」

「あの、アルノー殿下!私、私は公爵家出身ですが甘やかされていませんから、たとえ側妃でも第二妃でも耐えられます!!後宮のどんなイジメにも耐えられますっ!」


 彼女はキラキラと輝く瞳に熱意を湛えていた。


 俺なんか、陛下に「お前を愛することはない」って言われたけど耐えてるけどね?!他にもいろいろあった。その上、結局抱かれてないし!


 しかしその令嬢の純粋な笑顔を見て俺は決心した。もう出てってやる!こんな所―っ!実家に帰らせていただきます!!


 俺は実家に帰らせていただく…、いや、教会に戻る事にした。ジャメルのことで他にも処罰者がでて、マルセルによると教会は人手不足らしいから、働き口はあるだろう。


 俺は地獄の茶会の後、またテレーズ様に豊穣祭の練習をさせられたのだが、最後に一生懸命練習して初めてテレーズ様に「及第」を頂けたのは、きっと良い思い出になるだろう。


 部屋に戻ってから「離婚したい」という事と「探さないでください」と書き置きを残した。

 

 明日、王都の教会で聖歌隊に会うことになっている。豊穣祭の神事で歌唱してほしいとお願いしていたのだが、呪いが解かれ演奏家たちが戻って来たので出番がなくなってしまったのだ。俺はそれを直接伝え、謝罪する予定になっている。

 教会に行ってそのまま…どこか僻地の教会にでも送ってもらおう。


 王女達は、しっかりしているから心配ない。年少の子たちはちょっと心配だけど、テレーズ様もいるし、なにより新しい妃がくれば…、俺のことなんかすぐに忘れるはずだ。陛下だって…きっと。


 その日の夜は少し長めにシャーロット達、年少組の子供たちに昔話を読んで聞かせた。お姫様が王子様と幸せになる話…。悪役の継母を、いつもより三倍くらい滑稽に演じて、王女達を喜ばせた。俺の最高傑作だったと思う。いつかもし、陛下に王子か王女が生まれたら…真似して読んでやってくれ…。それでたまには俺を思い出して欲しい。

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