第53話 の、はずが…
翌朝、最後に陛下の顔を見ようか迷ったが、顔を見るときっと決心が鈍るからやめた。それに陛下は最近、事件の後始末や豊穣祭の準備で忙しい。朝食にも現れないし、後宮にも戻っていないのだ。
王女達と朝食を食べ、俺は予定通り教会へ出発した。
さよなら、後宮。さよなら、王女達。
…陛下、さよなら…。
絶対抱かれない花嫁と呪われた後宮、完。
ーーの、はずが……。
「アルノー殿下、いかがでしたか?一旦ハミングで、練習しているのですが…!」
「は、はあ…。あの、素晴らしいです…。もうこんなに、練習を?」
「はいっ!毎日祈りの時間の後、特訓に特訓を重ねておりまして…歌詞が出来るのが本当に楽しみです!」
教会に着いた俺を聖歌隊担当の司祭は満面の笑顔で迎え、現状を説明してくれた。聖歌隊の隊員たちも、一様に目が輝いている。ちょ…っ、まだ歌詞が出来てもないのに練習しちゃってるとか…?!しかも瞳が輝いちゃってる…!いやあっ!そんな目で見ないでっ!!
俺はそれを聞いて「楽器の演奏ができることになったから、聖歌隊はなしで」とは言い出せなくなってしまった。いや、あんな顔見てそれ言える奴いたら会ってみたい!こうなったら歌詞、考えるしかないな!
そうなると、楽器に聖歌に…にぎやかなお祭りになりそうだ。昔は神事…雨を降らせるための厳粛な祈りの場だったらしいけど、今は夏とはいえ、灌漑工事も充実していて旱魃とまではならないだろう…。
あとは伝統重視のテレーズ様の血管が切れないよう、一曲は楽器のみで演奏して、二曲目は歌詞入りの楽曲を聖歌隊に歌ってもらうのはどうだ?!それならテレーズ様を誤魔化せる…いや、素晴らしい神事にすることができるはずだ!うん!
というわけで俺は歌詞を書き上げないと、実家に帰らせていただく……僻地の教会に逃げられないことが決定した。取り急ぎ、静かな場所で、歌詞を一気に書き上げよう…!
俺が場所を探して教会をうろうろしていると、マルセルと、孤児院の子供たちがやって来た。
「アルノー!聞いたよ!ありがとう、豊穣祭に招待してくれて!」
「豊穣祭に招待?」
知らない、なんだそれは…?俺がぽかん、としているとマルセルは首を傾げた。
「豊穣祭の時、王城で催し物があるからって、孤児院の子供たちを全員、招待してくれたろ?招待状に、服まで送ってもらって…。招待状は連名になってたからアルノーだとおもってたけど、違うの?ひょっとして、招待してくれたのは陛下?」
俺とマルセルの会話を聞いていた子供たちは待ちきれなくなったのか、興奮したように口々に話をした。
「お城でおいしいものがたくさん食べられるって!」
「劇もやるっていってたよ!聖歌隊も歌うし!」
「送ってもらった服ね、すごくかっこいいんだ…!ありがとう、アルノー!」
そうなの?!そんなに楽しみにしちゃってるの…?!俺、豊穣祭にはもう、行かないつもりなんだけど…。俺も招待者になってるってことは、いないとまずい感じ?!
俺は顔が引きつった。どうしよう…。このまだと逃げられない……かもしれない…。
困った…!でも、もうあの…呪われた後宮あらため、地獄の一丁目には帰れない!
俺はちょっと偉そうな司祭を捕まえて、相談することにした。心から懺悔すれば迷える子羊の俺を神がお導き下さるかもしれないのだ!
しかし…。
「陛下より、アルノー殿下の告解および相談は自分が行うので、そのようなことを殿下が申告した場合は、陛下にすぐ連絡をするようにと仰せつかっております…。」
えええ?!なにそれ?
俺、相談も出来ないわけ?!
一連のやり取りを見ていたマルセルは噴き出した。
「大変なところに嫁に行ったんだなあ~、アルノーは…!」
笑い事じゃない!
しかも、俺が相談した司祭は「陛下に連絡を入れてまいります!」と言って、出て行ってしまう。ちょっと待ってーー!俺が慌てて追いかけ、教会の外に出ると、城の方角から一筋、狼煙が上がっているのが見えた。
何だ…?!
「あれは城からの“連絡”です。殿下!こちらへ!」
司祭とマルセルは俺を引っ張って、教会の礼拝堂へ押し込めると、扉を閉めてしまった。
出してくれ!逃がしてくれー!
俺の叫びは誰にも、届かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます