第40話 やっぱり空振りした花嫁、断定するに至る

 陛下からは予告通り先触れをいただいて、実際陛下はその通りやって来たのだが…。

 夕方の出来事で王女達がナタに怯えてしまい、それどころではなくなってしまった。俺の部屋に全員を集めると、陛下は王女達を一人ひとり、順番に抱きしめた。

 そして陛下は王女達に話して聞かせた。

 ナタが言うような恐ろしいことにはならないこと、呪いはないと思っているということ。それと、最後に…。


「お前達とアルノー…家族の安全は必ず、私が守る。だから安心しなさい。」


 陛下はそう言って、王女達におやすみのキスをした。


 今日は王女達はみんな、俺のベッドですし詰め状態で眠ることになった。寝室で昔話を読み聞かせて、ようやく全員が眠った。


「今日は申し訳ありません。」

「いや、私こそすまなかった。鉢合わせしないよう、配慮するべきだった。」


 王女達を寝かせてから応接室に移動して、自然と少し話そう、ということになった。先日陛下の部屋で飲んだ時とは違い、俺と陛下はソファーに隣り合わせて座った。


 座った途端、抱きしめられてキスされた。


「待ちきれなくて、事を急いてしまった。失敗した…。」


 陛下に至近距離で見つめられながら、吐息とともに囁かれて赤面した。待ちきれなかったのは俺の方だ…。ずっと上の空で…。陛下は俺のブラウスのボタンを外すと胸元を見て瘡蓋を指で触った。


「も、もうほとんど治っています…。」

「そうか…。」

 陛下はそれでも、しばらくその痕を見て考え込んでいたが、再び俺の顔に視線を戻した。


「随分応戦したと聞いた。」

「そのせいで火に油を注いでしまい、王女達を怖がらせてしまいました。申し訳ありません。」

「…いや、なかなか痛快だった。」

 陛下は少しだけ微笑んだが、直ぐに真顔になった。

「アルノーに言われる前から、ナタの処遇には悩んでいた。外に放り出して、目が届かなくなるのも不安だったから後宮に置いていたのだが…。最近は、後宮で盗みを働くようになり、ついに私の部屋にまで…。」

「え…?!」

 では先日、陛下の部屋の扉から出てきたのは…?

「アルノーに言われて決心がついた。ありがとう。…しかし、婉曲的に言いすぎて誤解された。」

 そうだったのか…じゃ、百パーセント、俺の要望、というわけではない?でも、陛下がナタの星詠みを信じて後宮に置いたわけではないことにほっとした。


「陛下…。陛下は一連の、妃が相次いで亡くなったことをどうお考えですか?その、私は妃たちは呪いではなく、何者かに殺されたと思っています。」

「…そう思う理由と、根拠は…?」

「デュポン公爵夫人の吐瀉物に食べ物ではないものが混じっていました…多分、何かしらの毒でしょう。デュポン公爵夫人からも告白されました。それはナタの部屋から盗んだものだと。」

「毒薬を盗んだ…?」

「デュポン公爵夫人は“男児を妊娠する薬”だと思っていたようです。ナタが、その薬をデュポン公爵夫人に見せた際、“妃達がこれを飲んで、男児を妊娠したが呪いによって死んだ”と話し、妃は男児を死産したと噂になっていたから信じてしまった、と…。」

「…なるほど…。確かに、側妃は男児を死産した後亡くなった。壮絶な最後だった。男児にしても…。今考えれば、毒薬の作用だったのかもしれない。」

 陛下は目を伏せて、額に手を当てた。当時を思い出させてしまったのだろうか…?そのままの姿勢で「続けてくれ」と俺に言った。


「ナタはその薬はヒューゴが調剤した、これ以上争いが起こらないよう自分が持っている、と言って、デュポン公爵夫人には譲らなかったそうです。同じく男児ができないことに悩んでいた、デュポン公爵夫人はそれをナタの部屋に盗みに入り服用してしまった…。」

「ナタの巧みな、誘導ともとれる。後宮で死んでくれた方が“ほらまた…”ということができるし、実際そうなった…。やはりもっと、私の力が必要だ、と言うつもりだったのかもしれない。妃の時、度々そうしてきたように…。」

「ええ、そうです。しかし証拠がありません…。そして薬を調剤したとされるヒューゴ医師…。なぜか当日その場に居合わせ、デュポン公爵夫人の吐瀉物を執拗に探しておられました。まるで、証拠隠滅を図るかのように。」

「…なるほど。アルノーはナタかヒューゴを疑っている、と言うことだな?」

 陛下はため息とともに、俺をまたじっと見つめた。


「私は?私のことは疑わなくていいのか?ナタと共謀して邪魔な妃を殺した…と。」

「…確かに、そう考えられなくもないのですが…私はそれはないと思っています。」

「何故…?」

「もしそうなら…私は好きになっていないから…。陛下を…。」

 

 俺の答えに陛下は目を見開いた。直後、ソファーに押し倒されて、少し強引に口付けされる。唇を噛まれて、舌で唇を舐められて…これって、口を開けろってこと…?おずおずと、口を開くと、舌を入れられた。舌を絡められて、息ができなくなりそうな濃厚なキス…。手は胸の辺りを弄っている。

 ま、まずい…今日は、その……!あと寝室に、王女達が…!


「陛下、きょ、今日はその、準備が出来ていなくて…。」

「今日は…?…じゃあ、いつもはしていた…?」


 いつも抱かれる準備をしていた…よ…?あんな、はしたない格好してたんだから明らかに準備万端って分かるとおもうんだけど!逆になんで準備してないって陛下は思ってた?!それは陛下が俺とのことを白い結婚だと思い込んでたからでしょ?いやまあ、実際そうだったんだけどさあ…。

 それなのにここで”ずっと準備してました”って正直に言うと、なんか、俺すごいがっついてた感じにならない?!引かれない?大丈夫?!俺だってあれは、メアリーに言われて渋々していただけなんだけど…。


 でもだってを心の中で繰り返したが陛下に真正面から見つめられると嘘もつけず、美形の圧に負けて俺はついに頷いた。


「はあ、勿体無い事をした…。」


 陛下は微笑んで俺に口付けながら、頬を撫でた。一瞬その微笑みに俺の思考は溶けかけた。

 で、でもあなた…俺が下着姿だった時は、本気で怒ってましたよね?!俺はそれ、忘れてないよ?!


 俺はまたすこし、いやだいぶ不安になった。陛下は俺の事…。その…、抱けるんでしょうか…?



「アルノー、私を信じてくれてありがとう。それと、私からも言っておかなければならないことがある…。実は…。」


 陛下の話は俺を驚かせた。

 だって、それって……。


 そして、それを聞いて俺は確信した。

 犯人が誰なのかを…。

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