第25話 一糸乱れぬお姿はダンスだけにして頂きたい
「アルノー殿下…。」
俺は控えめな呼び掛けで目を覚ました。メアリーが俺を起こす時はいつも乱暴に布団を剥ぎ取るから、俺はその優しい声に違和感を感じた。目を少しだけ開けてみるが、重い…!頭が重過ぎる…!俺は諦めて、もう一度目を閉じた。
「アルノー様あっ!!」
二度寝していた俺の布団をメアリーに無理やり捲られた。
恐る恐る目を開ける。そこにはメアリーと、気まずそうに佇む陛下付きの召使の姿があった。さっき起こしてくれた優しい人は陛下の召使だな。それに比べてメアリーは…!
「アルノー様が同衾されている…と聞いて来てみれば、なんです?!一糸乱れぬお姿をしておられる!!」
「一糸乱れぬ…ってそれ、使い方合ってる?!違うよね?!」
「合っております!合っていないのはアルノー様の夜着の使い方です。飾りなのですか?それは!夫の寝台で眠ってまさか何もないなんて呆れました…!」
メアリーの暴言で起こされて気が付いたのだが俺はどうやらあのまま眠ってしまい、陛下の寝台に移されたようだ。無論、情事の跡などない。昨日は何も準備をしていなかったし、いいんですけどね?!ふーんだ!
「アルノー様、そのまま寝ていてよろしいのですか?今日から王女達が週二回、デュポン公爵家に勉強に行かれるのではないですか?」
「そうだった、見送りに行かないと…!」
俺は立ち上がろうとしたが、無理だった。頭痛による、眩暈…!メアリーはため息を吐くと「では私が行ってまいります。」と言って出て行った。待って行かないで!陛下の寝室にいるのも気まずいんだから…!
午後、ヒューゴに煎じ薬を貰い、俺は大分回復した。
昨日の今日で気まずかったのか、ヒューゴは顔を出さず、薬だけが届けられた。
「まったく、陛下の見送りも王女達の見送りもせず、二日酔いで臥せっているとは…。呆れました!」
「も、申し訳ありません!」
俺の部屋で優雅にお茶を啜りながら俺を叱ったのは陛下の母君、テレーズ様にあらせられる。
でも何故まだ後宮にいるんだろうか?俺の疑問はテレーズ様にはお見通しだった。
「アルノー、そろそろ始めましょう。」
「始めるとは、何をです?」
「決まっているでしょう?稽古です。」
「けいこ?」
テレーズ様は真顔で頷いた。
俺はまた首根っこを掴まれて、ピアノの置いてある広間に連れて行かれた。そう、稽古とは豊穣祭で披露する舞…ダンスのことだった!
「アルノー、あなた身体が硬過ぎます!全く基礎ができていないじゃないの!まさか、普通のダンスも踊れないのではないでしょうね?!」
「は、はぁ…。教会でダンスは習いませんでしたから。」
俺がそういうと、テレーズ様は肩を振るわせた。
「アルノー!これから毎日特訓です!いいですね?!」
「えーーー?!」
「えー?ではありません!新しいものは伝統という基礎をきちんと学んでから作りなさい!」
「お、おっしゃる通りです…!」
俺をやり込めたテレーズ様は、一際美しい笑みを浮かべた。血の繋がりとは、やはり神秘で、どこか陛下に似ている微笑みは俺を笑顔にした。
そして豊穣祭の練習は毎日行われた。身になっているかは別にして。
豊穣祭の練習以外の時間、俺は王妃の間でリリアーノ始め王女達と共にせっせと刺繍に励んでいた。
孤児院では身の回りのことは全て自分でする。だから孤児院にいた俺は、裁縫、刺繍も出来るのだ!
「これ、全て同じ柄でいいのですか?」
俺はリリアーノに言われた通り、ハンカチに傘の形を刺繍している。しかしみんな同じなのだ。良いのだろうか?
「ええ。ここの傘の柄の両脇に、自分のイニシャルと好きな人のイニシャルを入れるのです。すると、二人が傘の中で寄り添う様に、二人は結ばれるの!」
「”相合い傘”のおまじないよ!アルノー知ってる?」
リリアーノとリディアは俺に説明しながらはしゃいでいる。
教会のバザーで刺繍したハンカチを売って寄付しようと、王女達と話し合って決めたのだ。その刺繍の絵柄はリリアーノとリディアが決めたのだが…。
「イニシャルの文字が自分の意図するものと違うと売れないでしょう?すると、イニシャルはその場で聞いて縫い付けるということですか?」
アルファベットは二十六文字あるのだ。二十六文字×二十六文字で組み合わせは六百以上になってしまう。そんなに予め用意するのは困難、というか無理だ。
「片方だけ予め縫っておいて、もう一つはその場でお伺いして、縫い付けるのよ!」
「そ、そうですか…。」
その場で縫うなんて、凄く時間がかかって大変そうだが…。まあ、傘だけでも刺繍が入っていれば売れなくはないのだろう、と思って、止めないことにした。
「心配しないで、アルノーの分は予め縫っておいてあげる。AとIでしょ?…ね…?!」
Iってまさかイリエスの"I"、陛下のこと?俺、みんなに片想い認定されてる?!バレてるの…?抱かれてないって…。なにそれ恥ずかしい!
恥ずかしすぎて、俺は黙って刺繍を再開したのだが鋭い視線に気付き顔を上げた。
「教会のバザーに参加するのですか?」
「ええ、孤児院に売上を寄付したいと思いまして。前回とは違い、今回は日帰りですから…。」
だから大丈夫、と俺のその答えを聞いて、テレーズ様はジロリと俺を睨んだ。
「アルノー、その間の練習はどうするのです?!そろそろ、音楽とも合わせたいところ。そちらの手配は?!」
「は、はい。先日、デュポン公爵家のサロンに参加してお願いはしておきましたが…改めて確認いたします。」
「まさかまだ一度も演者を集めていないのですか?呆れた…!すぐに連絡なさい!良いですね!?」
俺は一旦刺繍をやめ、サロンの会員達に招待状を認めた…。
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