番外編
第58話 【後日談】恋愛経験不足な陛下の大きな一歩
今年もフォルトゥナの花が咲く季節となった。
この国では太陽、豊穣の象徴と言われる花なのだが、俺は考えただけで鼻がむず痒くなってしまう。そんな俺の体質を知っている後宮の召使達は、フォルトゥナの花を生けない。
だから、体調は安定していたのだが…。
「ジャスパー・フレミーで御座います。フレミー公爵家の次男で騎士団に勤めています」
「私はルーセル・バラチエです。バラチエ侯爵家の三男、十八歳です!家業を手伝っています」
「シルヴァン・プレヴォと申します…。プレヴォ伯爵家の次男、二十歳です。宮廷の会計課に勤めております」
俺は三人の自己紹介の食後、「くしゅん!」と一つくしゃみをした。彼らの手土産の中に、フォルトゥナの花があり、理由を言って下げさせてもらったのだがまだ反応している…。
まあ、知らなかったんだから仕方ないよね!…それは仕方ないんだけど、俺が引っかかったのは、普段、俺がこの反応を示すと気をつかってくれるはずの人が、無反応なこと。
「フレミー公爵も、バラチエ侯爵も、プレヴォ伯爵も存じ上げておりますが…こんなに立派なご子息がいるなんて!ねぇ、イリエス!素敵ね!」
イリエス陛下の母、テレーズ様は上機嫌で陛下に同意を求めたが、陛下は目を伏せて黙ってお茶をすすっている。どうやらこの男達と、会話を楽しむつもりはないようだ。
そんなに不機嫌になるなら、来なければいいのに、と俺は思った。だいたい、『もう成人を迎えたのだから、後宮については自分の意見を持て』と長女リリアーノに言ったのはイリエス本人だ。
そのリリアーノ本人は王位継承権を得た後、公務が多忙を極め、しかし舞い込む縁談の対処に困り『アルノーに任せるわ』と俺に全振りしたのだ。まるで誰かさんのような所業である…!
慣れない公務に四苦八苦しているリリアーノのことを考えて穏便に断りを入れるつもりが…、リリアーノのお祖母様であるテレーズ様がこの話に乗り気で、特にお勧めだという三名に何故か俺が会うことになってしまったのだ。
それで今、後宮の応接室で婿候補三名と、テレーズ様、俺、そして陛下の三人でお茶を飲んでいるというわけ。しかも陛下には同席を頼んでいないのに、勝手に参加したのだ。それで不機嫌って、何?!
「陛下、私はこんな見た目ですが、今、刺繍を習っています!やはり、これからは男性も体力だけでなく何でもできなくては、と考えております!」
「陛下、私も今料理を習っています。今日の手土産、実は手作りで!」
「陛下、私は王立学校ではリリアーノ様と同じ計算クラブに所属しておりました!」
全員
何とかお茶会をやり過ごしたものの…三人を帰した後が問題だった。
「やはりフレミー公爵家の次男がよろしいのではなくて?!逞しくて男らしい青年で、それでいて刺繍をするなんて、女王族に理解があるのね。きっとリリアーノも気にいるわ!」
「いや…騎士団では『ただの筋肉』だと聞いている」
「そうかしら?じゃあバラチエ侯爵家の三男は?料理もするんですって。柔和な方だったわ~」
テレーズ様はねえ、と俺にも同意を求める。しかし。
「いや、ヘラヘラしていて頼りない」
「プレヴォ伯爵家の次男は?あの子ちょっとアルノーに似ていたわね。それに計算クラブで一緒だったって。気心知れた友人なら…」
「だめだ、そんな軟弱な男は!」
ん?!ちょっとまって、それって俺も軟弱ってこと?!聞き捨てならない…!しかし俺よりも先にテレーズ様が怒ってテーブルを叩いた。
「ちょっとイリエス!いい加減にして頂戴!あなたがいると決まるものも決まらないわ!」
「……」
陛下は眉間に深い皺を作ったまま、勢いよく立ち上がった。
「陛下!」
「アルノー、放っておきなさい!第一リリアーノは『アルノーに任せる』と言ったのに勝手に割り込んできて、あの子ったら!」
まあ、それはそうだけど…。本来なら実母である王妃が取り仕切るところ、俺だから頼らなく心配におもったんだろう。
テレーズさまは放っておけと言ったが、俺は放っておけず、応接室を飛び出した。
陛下の行きそうなところ…。たぶん、あそこかもしれない。俺が陛下を探すため後宮を出ると「アルノー殿下!」と呼ぶ声がした。振り返った先にいたのは、意外な人物だった。
「あ…?!」
「あの、先ほどはありがとうございました。シルヴァン・プレヴォです」
先ほど、お茶をしたプレヴォ伯爵家の次男だ。なぜ、まだここに?
「化粧室をお借りして、その後職場に顔を出そうと思っておりました」
そういえばたしか、宮廷の会計課勤務だと言っていたっけ。ここで会った理由はわかったが、俺に今、優雅に立ち話している暇はないのだ。「そうでしたか」と言って足早に立ち去ろうとしたのだが、なぜか腕を掴まれ引き止められてしまった。
「あ、あの、アルノー殿下!縁談の申し込みをしたのは、私がリリアーノ様に思いを寄せていると勘違いした母の勇足でして…!」
「は、はあ…そうですか…。分かりました。候補者からは外すようにいたしますので」
「大変不敬な話で申し訳ありません…。私はその……母からアルノー殿下が審査されると伺って、てっきりイリエス陛下の後宮だと…勘違いしてしまって…」
彼はそう言って頬を染めて俯いた。…ん?ということは…、彼は…?
「今日、間近で陛下にお会いして…。胸が熱くなってしまって…あの、アルノー殿下…。陛下の後宮に妃はもう、迎えられないのでしょうか?」
「ど、どうでしょう…?陛下の縁談については、陛下ご自身が対応されておりまして、詳しくは、何も…」
そうなのだ。あれ以降、縁談の申し込みがあると陛下は自分で対応している。妃が増えていないから断っているのだろうが、陛下は『お前の望む通りにする』と言ったけど…はっきり『もう嫁は貰わないよ』と、びしっと宣言された訳ではないのでよく分からない。
陛下はいつもハッキリ言わないんだよな…。意味深長な言い方っていうか…。根っからの政治家なんだ、あの人!
俺が複雑な顔をしたことで、彼は陛下の後宮に希望を持ったようだ。頬を紅潮させ、俺の手を握る。
「アルノー殿下!ご心配召されるな!私はちゃんとアルノー殿下のことも考えております!もし陛下が私に夢中になってしまったら、アルノー殿下のことは私が御慰めいたします!!」
「 はぁ?!」
思わず大きい声が出てしまった。何言ってんだ、コイツ!俺は手を振り払おうとしたが、力が強い…!
「おい、アルノーから離れろ!」
俺がジタバタ暴れていると、いつの間にか近くまでやって来ていた人が、掴まれていた腕を払い俺を解放してくれた。
いや、訂正。解放されなかった。腕を払った人の、腕の中に抱き込まれてしまった。
「「陛下!」」
「アルノーに何をする!お前確か会計課だと言ったな?!」
「イリエス陛下!これはちょっとした行き違いで…!さ、さぁ、君ももう帰りなさい!」
俺が腕の中から叫ぶと、彼は真っ青な顔をして頭を下げ、走ってその場を後にした。
「アルノー!お前は甘すぎる!」
「陛下、何処から話を聞いたらしたのですか?あの男は私に迫ったのではなく、その…。陛下の後宮に入りたいと私に申し出たのです…」
「私の…?」
「そうです。陛下が悪いんですよ?陛下がはっきり言わないから…。それに私を信用せず、お茶会にやってきて…」
俺はついでに、不満を口にした。もう後宮に入って八年になる。俺もちょっとは意見するようになったのだ!
「信頼しているから、仕事の意見も求めているし…。縁談は全て断っている。実際、お前の後妃は迎えていない。何が不満なんだ」
「……」
つまり、態度で示してるってこと…?そうだな、前俺が、後宮から逃げた時も、狼煙を上げて兵士を引き連れて探してくれた。態度では示してくれてる。それはそうなんだけど…。
「陛下、ここを出て、あそこへ行こうとされていたんですよね?」
俺は陛下に「俺も行きます」と、笑いかけた。すると陛下も「…お前を待ってたんだ」と言って微笑んだ。
****
俺たちは馬で、王都の教会へやって来た。夕暮れの教会は人がまばらだ。俺たちは教会の、告解室へと向かった。
俺は陛下に聞く前に司祭用の部屋に入った。カーテンで仕切られた部屋に入り椅子に座ると、テーブルに肘をついて、まず咳払いをした。
「神に心を開いて、懺悔しなさい。」
毎年一度行う告解は、お互いが司祭役を勤めている。それは八年、毎年行われてきた。話題は一緒に取り組んできた後宮の呪いを解くための身分制度、医療、子供達の将来についての話が多かったかもしれない。
でも、本当は……。
「私は…リリアーノの縁談相手が気に入らず、臍を曲げました…。しかもその事に夢中で、夫の体調不良を見て見ぬふり…」
「ふふ…!」
フォルトゥナのこと、気付いてはいたんだな?でも、俺を気遣う余裕がなかったんだ。そしてそれを気にしていた、その事実がおかしくて俺は思わず吹き出した。
「おい、笑うな…!」
「すみません…でも、陛下。リリアーノ様の御相手も、身分も良く、容姿端麗。強そうな方もいれば、優しそうな方も。もう一人はともかく…。良さそうな方でしたよ?」
「……」
「きっと陛下はだれでも『気に入らない』と思います。リリアーノを愛しているから…」
俺はカーテンのしたからそっと、陛下の手を握った。直ぐに、陛下も握り返してくる。
「だったら、リリアーノに選ばせましょう。今はリリアーノにその余裕がないから、俺が代わりに断ります」
「…いや、それなら私がやる」
「私は信頼できませんか?」
「…違うんだ。相手が男だからだ。さっきも…」
「さっきの方は、違いますよ。私ではなく、陛下に懸想していて…、陛下の後宮に入りたいと言っていたんです!」
陛下はまだ無言だ。陛下にしてみれば、「俺の何が悪いんだ」っていう感じなんだろう。それも一理ある。
「陛下は確かに、仕事の相談もして頂いているし、縁談も断っておられる、妃も迎えていないけど…。どうしてそうなのか、分からない」
「そんなこと…」
「言って欲しい…。言葉で」
握っている手に力を込めると、間のカーテンが開いた。美しい、青い瞳が俺を見下ろしている。
「アルノーを信頼しているし、心から愛してる。だからもう、他に妃を娶るつもりはない」
「陛下…私も、愛しています…!」
陛下はもう一度俺の手をぎゅっと握って、俺に微笑んだ。俺が愛している、美しい笑顔…。
「よかったわぁ~、もし父上が空気を読まずに『また後宮に争いが起きたら困るからだ』って言っていたら、離婚騒ぎになったと思うの」
「私はてっきりそう言うと思ったわ。父上も成長したのね?なんだか私、泣きそう…!」
「でもさ、八年もかかって言うこと?遅すぎるだろ!」
「ちょっ…マルセル!父上にしたら大きな一歩なのよ!妻はいたけど恋愛経験はほぼゼロなんだから!」
「そんな四十三歳嫌よね…。だから私は絶対恋愛結婚にするわ!」
告解室の、扉の外からかしましい声が聞こえる…。聞き覚えのある、この声は…。
陛下は静かに立ち上がると、勢いよく扉を開いた。
「リリアーノ!リディア!マルセル!」
「父上!!たまたまです!たまたま、今日は孤児院に慰問に来ていて!」
「そうたまたまです!ですから盗み聞きなんてはしたない真似はしていませんよ!?」
三人は蜘蛛の子を散らすように走って逃げて行った。絶対、聞かれてる…。陛下は深いため息をついた後、俺を振り返る。
「アルノー、帰ろう」
「はい」
俺は陛下の差し出した手を取ると、手を引かれて腕の中に閉じ込められた。陛下は俺の耳元でそっと囁く。
「アルノー、愛してる」
「私もです」
「今夜、お前を抱くから」
「…はい」
言葉にしてもらった後、後宮に戻ってから行動でもたっぷり、示してもらった。
翌日、少し遅く起きた俺と会ったリリアーノとリディアは「お見合いも悪くないかもしれないわね」とヒソヒソと話し合っていた。
絶対抱かれない花嫁と呪われた後宮 あさ田ぱん @pannomimiko
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