第20話 陛下の趣味に寄せたはずです

 俺はデュポン公爵夫人宛に面会して欲しい旨、手紙を書いた。

 デュポン公爵家にはシャーロットと同じ年の双子がいる上に、三歳にして家庭教師を付ける教育熱心ぶり。家庭教師のことも相談できるし、婦人は双子を出産している経産婦でもあるから、閨教育の方もお願いできるかもしれない。そして収集な演奏家が集まるのサロンも持っているのだから、一挙両得…どころか何得?!

 そんな気持ちから手紙を書いたのだが…。


「なぜ、私が?」

「ですからその、デュポン公爵夫人が、ナタ様が同席でしたら話を聞くとおっしゃっているんです。」

「はぁ、気が進みません。穢れの話をしに出向くなど。」

「穢れ?!穢れなどと仰らないでください!月経は、受胎のために必要なものですから!」


 確かにそう呼ばれた時代はあったが…ナタがそんな、前時代的な考えとは思わなかった。いや、星詠みだからこそ伝統を重んじて、寧ろ考えが古いんだろう…。


「…では、それは仕方ないとして…、なぜアルノー様が出向くのです?貴方は王配ですよ?デュポン公爵夫人がこちらに来るべきでは?」

「確かに…立場的にはそうですが…”呪われた後宮”と呼ばれているこちらにに来い、というのは難しいと思うのです。それで現状、家庭教師が不在なのですから。…ナタ様にご迷惑は決っして、お掛けしませんのでお願いいたします!」


 渋るナタに俺は畳みかけ、なんとか説得に成功した!ナタを連れて行くなんて絶対前回の二の舞になるだろう…俺の方がよほど気が進まないというのに、俺、頑張ったよ…!


 そして更に、もうひと頑張り…。俺は、もう一人、いろんな意味で一番の難関であるあの人の説得に取り掛かる事にした。


「なんと言う格好をしているんだ…!」


 俺の格好を見た陛下はやや呆れていた。


「お見苦しいものをお見せして大変申し訳ありません…今夜はこれしか着る物がなく…!」


 そう、俺は家庭教師やその他もろもろの許可を得るため、陛下に来ていただいたのだ。陛下が来るとなったらメアリーが黙っておらず、メイドの衣装を着せられ、閨の準備をさせられた挙句、また面積の小さい下着を穿かされてしまったのだ。この下着は紐をほんの少しずらすだけですみます、とか謎の助言までされてしまって…出番はないというのにっ!


「それで要件はなんなんだ?」


 陛下は俺から顔を逸らしている。メイド服、今までの中では一番普通だと思ったけど、ダメだったようだ。


「家庭教師の件なのですが、やはり今までの者達は辞めたい、という意向でして…後宮に家庭教師を呼ぶのは難しいと判断しました。ですので先日お話しした通り、こちらから出向く案を採用したいと思います。出向く先は、デュポン公爵家をと考えております。デュポン公爵家は大変教育熱心のようでご令嬢は三歳にも関わらず家庭教師を雇っていらっしゃいます。一緒に勉強させていただけないか、今度シャーロット王女とナタ様と一緒に先方に伺いたいのですが…。」

「なぜ、ナタと?」

「先方の希望で…ナタ様には了承頂いております。」

 ナタに反応した陛下に、俺の胸はチクリと痛んだ。ナタを連れて出られるのが嫌とか?


「そうか…護衛を付けるなら…いいだろう。護衛は、私が手配しておく。」


 ナタを連れて行ってもいいの?陛下の気持ちは相変わらずよく分からない。騎士団のことは申し訳ないとはおもったが陛下の方が得意分野だろうし、素直にお願いする事にした。


「それと…リリアーノ王女殿下のことなのですが…。」

「ああ、ヒューゴから聞いた。早いものだな…。もう大人になってしまったなんて。」


 陛下は俺から顔を逸らしたまま、目を伏せた。きっと色々な事に思いを馳せていらっしゃるのだろう。本当は一緒に、リリアーノ王女の成長を共に喜びたかった人のことを。そう思って俺は陛下が目を開けるのをじっと待った。


「そろそろ閨の教育が必要だな…。」


 陛下は伏せていた目を開いて俺を見た。


「はい。その件も、デュポン公爵夫人にお願いしたいと思っております。デュポン公爵夫人は経産婦でいらっしゃいますし、家庭教師もお願いしたいと思っておりまして…。」

「ああ、そうか…。わかった。」

「陛下、最後にもう一つ…!豊穣祭の事なのですが、そろそろ本格的に奉納する舞の練習を進めたく…!文献などは観ておりますが、実際どなたか教えていただけるかたはいらっしゃいますか?」

「後宮には今いないな…。でも…。一人心当たりがないでもない。」

「その、呪いの噂があっても問題ない方ですか?」

「ああ。しかし、出来れば避けたい人物だ。適任ではあるんだがな。豊穣祭についても詳しく、舞についても教えられる。…アルノーが会ってみて、決めてくれ。私から連絡しておく。」

「それは…なぜ今まで、来ていただけなかったのですか?!」

「会えばわかる。」


 陛下はため息混じりに立ち上がった。何故、ため息?


 陛下は例の、寝室奥の扉から出て行った。扉を閉める瞬間、手で狐をつくって「おやすみ」と指を動かした。陛下の部屋の方が明るく逆光だから、狐の影は俺の頬を掠めた。扉が閉まると、名残惜しむ暇もなくすぐに影は消えてしまった。


 影が消えた後には、陛下のためのメイドさんだけがポツンと部屋に残されてしまった。

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