第21話 ナタの占星術

 俺とシャーロットとナタの三人は、デュポン公爵家に向かった。午前中の早くない時間に出発したにもかかわらず、ナタは不機嫌全開…。それを察知した俺はなるべくシャーロットを静かにさせようとしたのだが、そこは三歳児。安定のはしゃぎっぷりである。俺はナタが「帰る」と言わないよう、必死でシャーロットをなだめた。つ、疲れる~!

 

 デュポン公爵家には時間通りに到着したのだが、俺たちを出迎えたデュポン公爵家の執事は慌てていた。


「申し訳ございません。今、来客がございまして…。」

 執事の様子を見たナタは俺を肘でつついた。

「まさか、きちんと先触れを出していらっしゃらなかったとか?」

「い、いえ、出しました!」

 ナタは真っ先に俺を疑い、苛立っている。そのくらいちゃんとやってるよー?!俺とナタが軽くもめていると、デュポン公爵夫人が玄関ホール奥の廊下を小走りで駆けて来た。

「ナタ様!お待たせして申し訳ありません!どうぞこちらへ!」

 デュポン公爵夫人は俺たちを奥の応接室へ案内するため、また廊下へと戻って歩き出した。すると、俺たちの正面から見慣れた顔…ヒューゴがこちらへ走ってくるではないか。

「デュポン公爵夫人!お待ちください!」

 ヒューゴの顔を見たデュポン公爵夫人はあからさまに顔を顰めた。

「申し訳ありません。もうお客様がいらっしゃいましたので。」

「客…?」

 ヒューゴは俺とナタを見ると、たちまち険しい顔をした。

「…またご連絡いたします。決して間違った考えをおこされませんよう。」

 間違った考え?なんだろう…。ヒューゴはデュポン公爵夫人に一礼すると、行ってしまった。


 ヒューゴが出て行った後、応接室に通された俺たちは豪華な装飾のついた丸テーブルに、向かい合って座った。ナタは天体の配置図だという「ホロスコープ」と呼ぶものを手書きしながら、絶え間なく話している。その話はまるで歌の一節のようでもあり、デュポン公爵夫人はうっとりと耳を傾けた。

 

デュポン公爵夫人の今の態度は先ほど、応接室に通された時とは雲泥の差がある。


応接室に通された直後、シャーロットを見たデュポン公爵夫人は「ようこそおいで下さいました!」とはいったものの、明らかに「なんで連れて来た」という態度をしたのだ。

本音を仮面で隠したデュポン公爵夫人は執事を呼びつけ、公爵家の双子とシャーロットを遊ばせるよう指示したのだが…その時の執事の顔といったら!滅茶苦茶…引きつっていた。

そうだよね!三歳の双子に陛下の愛娘…こちらも三歳!一人で三人も三歳児を見るのはきつい…!話が終わったらすぐに行くから…!俺は申し訳ない気持ちでデュポン公爵家の執事を見送ったのだった。


 そして今、邪魔者を追い出したデュポン公爵夫人はうっとりと、ナタの話に聞き入っている…。早く終わってくれ…!俺はデュポン公爵家の執事のために祈るような気持だった。


 どうやらナタは「占星術」でデュポン公爵夫人を占っているらしい。俺にしたように生年月日などを聞きながら、ホロスコープを描いている。描き終えるとペンを置き、目をつぶりしばらく考え込んでいたが、再び目を開くと金色の美しい瞳でデュポン公爵夫人を見つめた。


「月は次第にかけていき…本日はまた新たな周期に入られた。そしてそれがあなた様の最大の悩みでもある…。」

「ま、まあ…!ナタ様!なぜお分かりになったの!?医者でも分からないことなのに…!」

「まず過去を知ること…そして、その先の未来を少し見れば分かります…。」

「ナ、ナタ様、私…。」

「大丈夫。おっしゃらなくても分かります。デュポン公爵夫人は…男児が欲しい。そうでしょう?」

「ま、まあ…!」

 

 デュポン公爵夫人は言い当てられた事に感動しているが…デュポン公爵夫人の子供は女児の双子しかいない。跡継ぎの男児を欲しいというのは星詠みでなくてもわかるのでは?俺の疑問を感じ取ったのかナタはくすくすと笑った。


「運命は実に正直だ。分かってしまうんですよ、例えば…アルノー様の下着の色、かたち…。」

「まさか?!」

 俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。いや、わかるはずがない!メアリーに履かされている、メアリー特製のはしたない下着のことなんて、誰にも言ったことはないんだ…!しかし…。

「アルノー様の下着の色は深緑…形は…すこしの布と紐で出来た…。」

「わーーーーっ!!」

「ま、まあっ!当たったのですね?!」

 まさか…!ナタは俺の下着をズバリ言い当ててしまった。

昨日履いた出番のなかったはしたない下着のことを…なんてことだ…!本当は履き替えたかったのに、出番がなかったとメアリーに言い出せずに履いたままだった!ひょっとしてどこかで見たとか、透けてた、とか?!とにかく恥ずかしい…!もうメアリーの言いなりになるのはやめよう。俺は心に誓った。


そんな俺の動揺を他所に、デュポン公爵夫人はすっかりナタを信頼した様子。

「ナタ様…また今度、占っていただけませんか?」

 デュポン公爵夫人は俺に視線をやった。どうやら「こいつがいない時に」と言いたいらしい。

「ええ。…デュポン公爵夫人がアルノー殿下の申し出を受け入れて頂けるなら、きっとお会いする機会も増えるでしょうから。」

「そ、そうですわね!執事に確認してまいります!」デュポン公爵夫人は執事を呼ぶと言い、席を立った。ナタはデュポン公爵夫人が部屋からいなくなると、俺に視線を移して片目をパチっと閉じて微笑んだ。


「あの、ありがとうございます…。」

「いえ…アルノー殿下のお願いですから。」

 ナタはまた微笑んだ。

「女というのは不思議な生き物だと思いませんか?同じ性を持つ女児よりも、男児を望む…。」

「いえそれは、女が、という訳ではなく、世継ぎを望まれる立場にある女性が、ということでしょう…。」

デュポン公爵夫人はデュポン公爵家の後継を望まれているのだろう。リリアーノも悲しそうに言っていた。お母様は世継ぎが欲しい男の子が欲しい、そればかりだったと…。

「なるほど。しかしそんなことで愛し合うなんて不純だと思いませんか?それに比べてあなたの愛は純粋だ。そんなはしたない格好をして、抱いてくれない人を思っているんだから…可愛らしい人ですね。貴方は。」

ナタは美しい笑みを浮かべている。俺の手を握ると囁いた。

「いつでも教えて差し上げますよ…?陛下を貴方の手中に落とす方法を…。」


そんな方法ないと知りつつも、俺はナタを見つめた。でももし本当にあったとしたら…?そう考えると少し胸が苦しくなった。

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