第3話 絶対抱かれない花嫁

「鼻水にくしゃみ、咳、湿疹…多分原因はこの花の花粉でしょう。」

「花粉?!」

「ほらブーケのこの小さい黄色い花、小さいんですが花粉がかなり多くて…時々いるんですよね。酷い場合は熱が出たりもしますよ。」

 白いマントを羽織い、愛想がどこかに家出したような無表情な男は、俺の寝台の側に置かれたブーケを指差した。ねえ、もし本当に花粉が原因だったらそこに置かないでくれない?と、俺は思った。

「薬を飲めば直に良くなります。一週間分おいていきますから。」

たぶんその、医師の男は感情のない声で言うとさっさと出ていってしまった。

 

医師と入れ違いで召使のメアリーがドタバタと駆け込んできた。

「アルノー様!大変です!今からお渡りがございます!急ぎご用意を!」

 メアリーは勢いよく俺の布団を捲り上げると、ものすごい力で俺を立ち上がらせ服をはぎ取り浴室へ放り込んだ。

「痛ーーッ!」

俺の叫びなどものともせず、メアリーは準備を進めた。なんと、閨の準備を…。ねえメアリー、俺がさっき倒れてたの見てたよね?いやそれを言ったら陛下もだ。忘れちゃったの?!

 確かに閨の準備は教会でも教わったが、結婚式の時陛下は「お前を愛するつもりはない」って言ってたから無いものと思っていた。愛さないけど身体は別とかそういう事ある?!いやだ嫌すぎる!初めては好きな人としたかったのにぃ!

 俺が泣き叫ぼうが暴れようがメアリーは俺を抑えつけ準備を進めた。最終的には他人にされるのは恥ずかしいので嫌々、自分で準備を完了させた。あーもう、好きにしてくれ!俺はかなり投げやりな気持ちだった。


「本当は陛下との同衾は”記録係”が直ぐそばに控えるのですが、本日の騒ぎでそれは無いようです。アルノー様は恥ずかしがり屋だから…初夜は二人きりで過ごせますよ!よかったですね!」

 そうだ、記録係…。陛下に不当なおねだりをしないよう、陛下の閨には記録係が同席するんだった。それが来ないってどういうこと?

「アルノー様がお倒れになったのはやはり後宮の呪いだと騒ぎになったあと何故か…記録係が次から次へと病に臥せった次第です。」

「ねえ今、風邪流行ってるの?!」

「季節の変わり目ですから…。」

 メアリーはお辞儀をしてそそくさと出ていった。おいいっ!お前も逃げたな!?


 でもさ…俺が倒れたのは呪いじゃ無いよ?花粉だって医者が言ってたし。処方された薬を飲んだらかなり気分がよくなった気がするんだ。だからみんな戻ってきてよ。心細いよ…。いまから陛下に…いや考えたく無い。誰かがいた方が陛下も乱暴にはしないんじゃ無いか?!いやそもそも陛下は女性が好きなはず。何にもされないとは思うけど、念のため…!  

 俺はそういうことは初めてなんだ!接吻キスでさえ…!こわいよ!誰かそばにいて!

 

 俺は恐る恐る陛下の訪を待った。暫くすると扉を叩く音がして、召使と一緒に陛下はやって来た。陛下は既に夜着姿だった。夜着は上質で滑らかな生地で作られているようで、陛下の逞しい身体が透けて見える。

 俺はどきりとした。しかし同時に恐ろしくもあり身構えた。


 陛下は俺の部屋のソファーに腰を下ろすと、召使を下がらせてしまった。いていただいていいのに…。仕方なく俺は陛下にお茶でも入れようと、メアリーが置いていったカップを陛下の前に置いた。

「これはなんだ?」

 陛下はソファーの近くに無造作に置いてあった花粉たっぷりのブーケが入った麻袋を摘み、止める暇もなく中を勝手に見てしまった。

「…。」

 陛下は中身を確認すると、無言で元に戻した。恐ろしいことに、なんだか機嫌が悪い。元々こういう人なの?!どっち?!


「体調はどうだ?」

「お医者様に薬を頂いて、飲んでからは楽になりました。」

「医者だと…?そんなもの後宮にはいないはずだ…。」

「え…?でも確かに…。」

「幻を見たのではないか?」

「幻ではありません。薬を一週間分いただいております。」

陛下に薬袋を差し出すと、奪うように取り上げられてしまった。

「これは何か調べておく。」

「でも…。」

 俺は反論しようとしたが、陛下は俺の腕を掴みソファーの背に身体を押し付けて黙らせた。


 俺の顔、首、胸元と順に視線を落とし、胸元で視線が止まる。俺の夜着は紐で軽く結んであるだけで簡単に解けて脱がせられる仕様のものだから、陛下に紐を引かれると悲鳴を上げる暇もなく脱がされてしまった。やめてぇっ!まだ心の準備が…っ!


「この湿疹はなんだ?」

 陛下は忌々しい、といった表情で俺の湿疹を見つめた。今からしようって時に、湿疹を見て萎えたってこと?!だからいいのに、無理しなくて…!


「これはブーケの花粉に反応して…でも薬を飲んだら少し落ち着きました。」

「花粉だと…?」

俺は麻袋の中のブーケを指差した。すると陛下は麻袋の中に先ほどの薬を入れて床に放り投げた。

「これも私が調べておく。」


 陛下は俺から離れてソファーに座り直した。難しい顔をして何か考え込んでいたが、俺が茫然としているのに気が付いてため息をついた。

「おい、いつまでそうしている。服を着ろ。」

 自分で脱がせたくせに?!俺は頭に来たが無言で夜着を着なおした。

 

 そして、重苦しい沈黙が流れる…。


 ねえ、何もしないなら帰ってくれない?さっき飲んだ薬のせいなのか、めちゃくちゃ眠いんだけど…。俺は口から出かかった言葉を飲み込んで、陛下のティーカップにお茶を入れようとしたが、手で制止された。

「もう眠っていいぞ。」

「え、でも…陛下は…?」

「頃合いを見て帰る。」


 俺も眠りたいのは山々だが、陛下を見送りもしないで寝るなんて…そんなこと出来ないよね?!いっそのこと早く帰ってほしいんだけど…。しかし俺にそんなこと言えるはずもなく、どうしようか迷っていると、追い打ちをかけるように陛下は言った。

「初夜などない。早く下がれ!」


 あーん?!そうですか!!!それはそれはありがとうございます!!!

 俺は頭に来て勢いよく立ち上がる。

「ありがとうございます。」

 可能な限りの笑顔で告げると、振り向かずに寝室に向かった。


 寝室に向かう間、二年間のことが走馬灯のように頭を駆け巡った。

 元気かな?孤児院の子供たち…。俺が後宮に嫁いだら、もう少し寄付を増やしてやれるかな、なんて思っていたけど出来そうにない。ごめんな。


 俺はもうすぐ寝室、というところで転倒し、「人間の最後って案外あっけないもんだな…」、そう思いながら目を閉じた。

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