第4話 呪われていない花嫁、朝食を食べる

 死んだ、と思ったけど死んではいなかった。

 たぶん結婚式の前日から緊張でろくに寝ていなかったのと、あの薬と急に立ち上がったことが影響して強烈な眩暈に襲われたのだ。


 俺はメアリーにもそう言ったのだが、みんなやはり「呪いだ」と大騒ぎになっているらしい。違うと思うよ…?だってその証拠に…。しかし誰も俺の話を聞くつもりはないらしい。メアリーも「それよりも!」と言って俺の話に興味を示さない。


「初夜はどうでしたか?ちゃんと陛下を満足させたんでしょうね?」

「え…?だって陛下は、男の俺は抱けないでしょ?そういう結婚でしょ?」

 だって愛するつもりはないらしいですよ?と俺が不思議そうに尋ねると、メアリーは眉間の皺をより深くした。

「アルノー様!そうは言っても普通は、あの手この手で陛下を篭絡させて陛下の心と体を我がものにしようとするものです!!一応妻なのですから!!」

「なんで?!だって陛下も嫌だと思うよ!?」

「カーッ!!あなたという人は…!あなたは愛されない子供も産まない男がこのままここに居続けることができるとお思いですか?豊穣祭が終わったら用済みとなってまたあの激貧生活に逆戻りですよ?!それでよろしいのですか?!私は嫌です!」

 メアリーは女だからファイエット国教会の女子修道院出身だ。俺はメアリーがここに来る前なんの仕事をしていたのかは知らないのだが、俺と似通った清貧の生活を強いられていたのだろう。メアリーは俺が陛下に捨てられて、修道院に戻るのが嫌らしい。俺はいっそのことあの清貧生活の方がいい。貧しいながらも、みんなで支え合って暮らしていた、孤児院の方がよほどいい。


 俺の考えを見透かすように、メアリーは俺をジロリと睨んだ。

「もうアルノー様には任せていられません…!全く、困った人です。あなたは!」

 メアリーはそう言うとまたとんでもない力で俺を立ち上がらせ、夜着を脱がせ支度を始めた。

「さあ、参りましょう。」

「行くって、どこへ…?」

「朝食です。食堂へ参ります。」

 

 メアリーに連れられて向かった先は食堂。孤児院の、全員集まってわいわい食べる、そんな楽しいところではないようだ。食堂の正面の壁には重厚なファイエット王国の国旗が飾られている。国旗を先頭に、豪華な長いテーブルが置かれ、沢山の椅子が並べられていた。

 俺が到着すると、陛下以外は既に全員、席に着いていた。イリエス・ファイエット国王陛下の王女六人、全員が俺をジロリと睨んでいる。

 俺はなるべく、爽やかな笑顔を作って「おはようございます。遅くなってしまって申し訳ありません。」と言ったが無視された。明日からは絶対一番に来よう。そう誓った。

 俺が席に着くと、陛下が入って来て席に着いた。まず陛下が神に感謝を捧げてから、朝食が始まる。

 二年間の教会暮らしで粗食に慣れていた俺には、どう食べて良いかわからないくらいの量の朝食が出て来て戸惑った。それに…。

「食欲がないのか?」

陛下は眉間に皺を寄せて俺に、問いかけた。

「いえ、そうではないのですが、その、昨日の薬を飲ませていただけないでしょうか?」

昨日、陛下に取り上げられてまだ、今日は薬が飲めていない。俺の不調の原因の花だが、この季節のものなのか、城の至る所に生けてあって部屋を出てからすぐに喉が痒くなってしまったのだ。

「食欲がない訳ではないなら、何故薬が必要なんだ?」

「ですから…」

俺が言いかけた時、カチャン、と金属が床に落ちる音がした。

「母様の呪いで、体調が悪いと仰りたいの?」


 王女の中では一番手前の席、俺の正面に座っていた長女リリアーノは青白い顔で俺に尋ねた。

 え?!違うよ!だって明らかに俺、あの花に反応してるもん!夜は薬が効いてぐっすり眠ったのに、朝また花を見つけてから悪化してるんだから…!

「いや…」

 俺が言いかけると、陛下に遮られた。

「リリアーノ!その件は今、調査している。呪いなど軽々しく口にするな!」

「しかしながら昨日から召使の間で大変な話題になっております。昨日来たばかりの王配が呪われたのだ、自分達も、いつか呪いにかかるのではないかと!!」

リリアーノの金切り声はまるで子供の泣き声のようだった。陛下はバン、とテーブルを叩いた。

「リリアーノ!」

 睨まれたリリアーノは果敢にも陛下を睨み返した。

 いや、ちょっと俺の話を聞いてくれない?

「あの、お待ちください!私のこれは呪いではありません。」

 俺が話し出すと、今度は陛下とリリアーノ、他の王女たち全員に睨まれた。

「なぜそう思うんだ?」

「お医者様もブーケの黄色い花の花粉が原因だと仰っていました。実際昨夜は薬を飲んで落ち着いたのですが、今朝、同じ花がそこかしこに生けてあって…それに反応したのです。」

「この後宮…城に医者はいない。お前の思い違いの可能性もある。もう少し調べるから、お前もリリアーノもこれ以上この話はするな。いいな?」

 医者がいない?なぜ…?

陛下はそれ以上なにも話さずに食事を再開したが、リリアーノは途中で席を立って出て行ってしまった。

 俺はそれを涙を流して見送った。

 多分、花粉のせい。喉も鼻もむずむずした。


 隣に座っていた、眼鏡を掛けた三つ編みおさげの少女は俺にそっとハンカチを貸してくれた。レースの素敵な刺繍が施されているハンカチ。俺はそれて涙と鼻水を拭いた。ごめん、洗って返すから、許して…。俺がそう思って王女を見ると彼女は少し眉根を寄せて、呟いた。

「アルノー殿下は…呪いではないと心から思ってらっしゃるのですか?それなら何故、あのお部屋にいらっしゃるの?」

「リディア、先ほどの話を聞いていなかったのか?」

俺の隣にいた少女、リディア王女は陛下に睨まれるともうそれ以上は何も話さなかった。


 こうして一日目の食事会は終わった。

 気まずい!気まずすぎる!

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