第49話 親愛なる、アルノー・ヴァレリー様 ②

 私はその頃、本気で邪魔なイリエスを亡き者にし、星詠みを傀儡にして国を操ろうと考えていました。――いえ、夢見ていた。


 イリエスを殺した罪は花嫁に背負わせるつもりでしたから、貴方が花嫁になればきっと面白いように騙されるだろう、と。そんな所も見てみたいと思ったのです。


 ほんの遊び心でした…。その時は。


 その後、審査の結果を待つ間、候補者たちは実家に戻りましたが貴方は純粋な候補者では無いので孤児院に移動になりました。孤児院はまあまあ劣悪な環境でしたが、貴方はそこでも一生懸命仕事をしていた。

 朝から晩まで仕事をし、夜眠る時は子供達に読み聞かせをして一緒に眠った。孤児院が貧しいと知った貴方は休みを返上して教会で寄付を募り、集めた金は全て子供達のために使ってしまった。貴方が特に力を入れていたのは勉強の時間でした。担当の神父は時間が過ぎるのを待つだけの男でしたが貴方はそんな事気が付きもせず、読み書きが出来れば就職に有利だと考え、勉強嫌いの子供達をそう説き伏せ一年間真面目にそして真剣に取り組んだ。

 初めは冷ややかだった子供たちも、次第に貴方に心を開いて行きました。貴方がこのまま教会に残るといった事で、孤児の中から複数名、教会に残ると言うものが現れた。私の時には考えられない事だった。


 ある日貴方は孤児院の…名前はマルセルと言ったかな…貴方のために神父になると決めたマルセルに愛の告白をされていました。貴方はその告白に満面の笑みで答えました。「俺も好きだよ!だってもうみんな家族だろう?離れていても、ずっと変わらないよ。」と。マルセルの苦笑いを他所に、貴方は少し涙ぐみながら「いつでも帰ってこいよ!すぐ近くなんだから!」と微笑んだ。ほら、馬鹿でしょう?貴方は…。


 四人目の妃―四人目は結婚していなかったから、イリエスの恋人―が死んだ後、遂にイリエスは医師を宮殿から追い出し、貴方を呪われない花嫁として選びました。今まで自分で妃を選んだ事のない男が貴方を選んだ…。私はそう思うと背筋が冷たくなるのを感じました。運命とはかくありき…?いや、信じたく無い。


 私は占星術で貴方を占いました。ホロスコープを書いて…。養母が好きだったから独学で覚えたのです。今思えば養母に好かれようとしていたんですねえ…。実にくだらない、けれど、役に立った…。

 貴方のホロスコープと、私のホロスコープを並べて、どこか重なるところがないか確認しました。私は不覚にも”恋占い”をしていたのです。ほんの少し、貴方との重なりを見て自分の心が熱くなるのを感じた…。けれど、イリエスと貴方を占う事はできなかった。もしそんな運命を、貴方とイリエスに見つけてしまったら計画以前にイリエスを殺してしまうかもしれなかった。…危ないところでした。


 そんなことをしていたのに、その時は自分の気持ちの源を理解していませんでした。私は誰も愛したことがなかったからです。


 結婚式が終わっても、それは同じでした。

 でも…毎日が楽しかった。あなたに似合いそうな服を考えて自分で縫いました。裁縫など孤児院でして以来、かなり苦戦しましたが…。それを身に着けるあなたを想像しただけで、苦しみさえ喜びに変わった。

 アルノー様は可愛らしかったけれど、イリエスはあなたを決して抱かなかったから私は油断しておりました。計画は順調に進んでいたはずが、綻び…あなたが真実に近づきつつあることにも気づかずにいた。


 そしてあの日、私があなたへの愛を自覚した日…忌まわしきあの日を迎えたのです。

 あれから私はあなたの夜着を作れなくなった。

 だってそうでしょう?それを着た可愛い、私だけのあなたがイリエスなんかに…。


 デュポン公爵家にあなたが向かわれた日、あなたを襲ったのは私です。何故襲ったか…貴方は口封じのために私に殺されかけたと思っているのでしょう?違います。貴方を攫って、逃げようとしたのです。

 既の所でイリエスが現れた。一国の王ともあろうものが…いつものように、誰かを使いにやれば良かったではありませんか。それなのにイリエスは颯爽と現れて、その美しい姿に相応しい力で私から貴方をいとも簡単に奪いました。


 なぜです?


 アルノー様は、私が見出した。私の方がずっと早くからアルノー様を見つめ、恋焦がれ…。


 なぜです?なぜ貴方は、イリエスなんかと恋に落ちたのですか…?

 なぜ、私のことに気付かないのですか?

 なぜ、貴方が生まれたのが私よりもずっと遅く…。だから貴方は私のいた孤児院にはいらっしゃらなかった。もしも貴方が、私がいた孤児院にいたとする…。それならきっと私は貴方を愛したでしょう。貴方も私に絵本を読んで聞かせ、抱きしめて眠ったはずだ。そうすれば、私は……。


 過ぎ去った日々を嘆きました。しかしそれをするには私は歳を取り過ぎていたし…貴方はもうすぐ…後宮にかかった呪いを解いてしまうでしょう。

 この夢のような時間の終わりを悟り、私は人生で最初で最後の愛の告白をすることに決めました。――しかし貴方がこの手紙を読んでいる、ということは私の恋は報われなかったのでしょうね...。


 私は、私より貴方の心が心配だ。私への同情と責任感で押しつぶされているのではありませんか…?貴方はそういう方だ。でもそんなもの、すべて不要です!私は妃たちを殺した犯人であり、女児を売った許されざる悪人です。ご安心ください!


 ただもし、叶うのなら私が夢見た…貴方との新生活の地へ、私の骨を撒いてください。私のような悪人の遺体は燃やされてゴミのように捨てられる決まりですが、一生のうち、私があなたの「メアリー」であった、ほんの少しの分量だけは、夢を見させていただけませんか?

 

 そして一つ、約束してください。

 私が作った夜着で、イリエスに抱かれないでください。あんな…紐のような下着で、ちょっと横にずらすだけで済むから、楽…!などと、そんな横着をするような男に抱かれてはいけません!いえ、本当は、そのままのアルノー様でいていただきたい。善良で清廉な、絶対に抱かれない、愛しい私の花嫁…。


 話が長くなってしまいましたね。それではどうかお元気で…。

                      あなたの召使、メアリーより愛をこめて

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