第42話 作戦開始
俺は陛下と夕方、馬車で教会に向かった。陛下が日中は忙しい、と言うこともあるが、理由はそれだけではない。
教会にナタを呼び出したのだ。
ナタと秘密裏に合うなら闇に紛れたほうが都合がいい。
「私の手のものに調べさせたところ、ナタは現在、定宿を持たずに、転々としているようだ。」
ナタの仲間を炙り出す為、陛下はナタを呼び出してもう一度、後宮に誘うと言う。ナタがその餌を仲間の寝ぐらに持ち帰ると見て、跡をつけ、落ち合う所を調べるつもりだ。
「変わったことがあれば、報告に行くはずだ…。ナタは後宮で盗みを働くなど短絡的な男だから…。多分、裏で手を引いているものが居るだろう。」
そう、俺と陛下はナタが犯人の一味であると断定した。しかし、一人では無いだろうというのも共通見解だ。絶対に仲間と、後宮にも内通者がいる。ナタを捕まえる前に、まずそれを明らかにしなければならないのだ。
「私が一緒に行って、怪しまれないでしょうか?」
陛下が一人でないと、ナタはやって来ないのではないかと俺は思ったのだが…。
「いや、ナタは嫉妬したアルノーが私にねだって自分を後宮から追いやったと思っている。だから私の浮気を心配したアルノーが私について来た方が、面白がって見に来るはずだ。」
なんて悪趣味な…!でも確かに、そうかも知れない。
「でも実際、心配だろう?」
陛下は俺の顎を指で摘んで、自分の方へ引き寄せた。俺は何だか悔しくて、逆らって反対方向を見つめた。
顔は赤くなっていたようで、陛下はくすくすと笑っている。
「いけませんか?」
「いや、その方がいい。」
陛下はそっぽを向いた俺に覆い被さるようにして口付けた。ずるい…。
「ナタとは告解室で会うことにした。私の後ろにもう一枚、布をかけてある。アルノーはそこにいてくれ。」
「そんな事をして、見つかりませんか?私はいない方が…。」
「いや、いてくれ。私の潔白を証明したいんだ。アルノーに…。」
そう言われて、抱きしめられた。キスも…。何だか日々、陛下の態度が甘くなっている気がするのだが気のせいだろうか?これ、信じていいの…?
不安な気持ちをかかえたまま、馬車は教会に到着した。俺と陛下は豊穣祭に聖歌隊を貸していただけるよう教会側にお願いし、了承をもらった。
その後、俺と陛下はいったん別れて、俺は孤児院に行ったと見せかけ、裏口から再び教会へと向かった。
俺は先に、指定された場所で陛下とナタを待つ。
少しすると、話し声が聞こえて、扉が開いた。
陛下が椅子に座った気配がする。奥の部屋からも、椅子を引く音が聞こえた。
席に着くなり、中央のカーテンを開ける音が響く。開けたのはどちらなのだろうか?ナタ?それとも…。俺の目の前も布で仕切ってあるから、俺には音しか聞こえない。
「こんなところに呼び出して…どういうおつもりですか?私など、必要なくなったのではないですか?今日も、アルノー殿下といらっしゃったのでしょう?」
「ここしか場所と時間がないのだ。…わかってくれ。」
演技だと思って聞いても、胸が痛い。ひょっとして見つめ合って、手を握っていたりする…?沈黙が怖い。
「ふふ…嫉妬深い妃には度々、苦労させられますね…。あなたは美しい星…仕方がないのでしょうが…。」
「……あまり時間がない。用件を言おう。ナタ、戻って来てくれ。」
「余りにも急な変わり身ですね……?何かありましたか?」
「わかっているのだろう?先視で…。」
「ええ、存じ上げております。」
ナタはくすくすと笑っている。どうやら相当内容に自信があるようだ。
「王太后テレーズ様がお倒れになり…息はしておられるが、難しい状況なのでしょう?」
「ああ…占って貰えないか?母上の今後の事を…。」
「テレーズ様は…。よしましょう…。早くお帰りになった方がよろしいかと。」
テレーズ様の容態を、ナタは語った。そして予後は良くない、と…。
やはり…ナタは後宮にいるものから情報を得ている。テレーズ様の状況はほんの一握りの人間しか知りえないのだから…。
「…では、約束してくれるのか?後宮に戻ると。これ以上の不幸には耐えられそうにない。」
「それは、陛下次第です。行動にも移していただかなければ。」
また、沈黙…。見えない状態での沈黙は辛い…。やっぱり来るんじゃなかった…。
「何を臨む?」
「アルノー殿下の処分を私にさせて下さい。手出ししないで下さい、完全に一任して欲しい。」
「分かった。」
分かった、って何を?この間、俺に言ったことと同じ返事だ。しかも、俺の処分をナタにさせる…?陛下を信じている、って言ったくせに、目の前で聞くと疑うことしかできない。
そしてまた沈黙。その間に吐息と微かに水音がする。
ひょっとして、キスしてる…?
そこまでする必要ある?嫌だ…嫌すぎる!…でも、ナタは妃がいる時から後宮に出入りしていたというんだからきっと、俺より殿下とは付き合いが長い。…ひょっとしてもともとそういう関係だった?ああ、全ての常識が覆ってしまいそうだ…。
扉が閉まる音がして、一気に力が抜けて崩れ落ちた。
二人は告解室を出て行ったようだ。
たぶんナタを送ったのであろう陛下はしばらくすると戻って来た。
二人のやり取りに茫然とし過ぎてすでに、時間感覚がない…。
陛下が近付いてくる気配がして、怖くなった。
「今日は教会に泊まらせてください。」
「なぜ?」
「帰りたくない…。」
「だからなぜ?」
「ここにいます。明日、帰ります。」
「それはできない。」
陛下はため息をついた。
「先ほどのことは全て演技だ。そう言っておいた。だからお前に見せたんだ。」
「でもキスしてた…。」
「事の成り行きだ…。」
陛下は俺に近付いて腕を引いて立ち上がらせると、俺を抱きしめた。
「いや…!」
「アルノー…、私の気持ちがようやく分かったか?私は何度、お前を疑って嫉妬したと思う?その度に許して来た…。」
マルセルと、デュポン公爵夫人のこと?でも俺はキスなんかしていない…。
俺が迷って抵抗を緩めるのを陛下は見逃さなかった。 抱きすくめられて、キスされた。嫌、嫌なのに…。
「帰ろう…。」
俺は頷いた。陛下に抱きしめられたら、俺にはそれしか選択肢がない。
後宮に戻る馬車の中で、明日から陛下と俺はあまり、接触しない方がいいだろう、と言うことを話した。ナタを呼び寄せるにあたり、俺たちが親密にしていると知られたら警戒するだろう。…後宮には内通者がいて、その辺りの事情は筒抜けになるはずだ。
頭では理解しているが気持ちが追い付かない。陛下を疑っていない、好きだから信じている、と言ったくせに……。
俺を悩ませたのはそれだけではない。
後宮の“内通者”についてだ。俺はほぼ、確信を持っていた。しかし…。
…確かめなければならない…。この事は他でもない、自分自身で…。だから後宮の内通者について俺は、陛下に黙っていた。
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