第15話 みんなで一泊孤児院体験!

 孤児院の朝食はそら豆のスープに野菜を煮たもの、白パンというメニューだ。しかも白パンはかっちかちの上に、バターもジャムもない。王女達はどう食べていいのか分からなかったようで手をつけられないでいる。

 

ああ…王女達だけじゃ無い、陛下もだ…。


 俺が助け舟を出そうと身を乗り出すと、孤児院の子ども達が「食べないならちょうだい!」と言って王女達に近寄ってきた。男の子になれていない王女達はみな固まってしまった。


「こらっ!食事中に席をたってはいけません!」

「だってアルノー!多分こいつら食べないよ?食べ物は無駄にしたらだめなんだ!」

「そーだそーだ!」


 俺が怒っても子供達は聞くつもりがないようだ。俺がため息を吐くと、陛下はパンを差し出した。


「アルノー、私の分を分けてやってくれ。」


陛下には気を遣った孤児院の神父達が多めにパンを取り分けていたのだが…食べなくていいってこと?!陛下も、もしかして好き嫌い?!


 王女たちは固いパンをスープに浸しながらなんとか完食した。


 食事の後は勉強の時間だ。教典を教科書に読み書きを習う。孤児院に居た時は俺が授業を受け持っていたから久しぶりに教壇に立つか迷ったのだが、今日は王女たちの様子を見るためにも担当の神父に任せることにした。王女達も最初は遠慮していたが、そこは子供同士、時間が経つごとにどんどん打ち解けていって、最後には手を挙げて発表するまでになっていた。流石に勉強は良くできる。ちらりと陛下を見ると、王女達を見ながら目を細めていた。

 

 よかったな、一緒に来て。

 でもなんで陛下は一緒に来たんだろう…?そんなに俺に任せるのが心配だった?


 昼食を挟んで午後は労働の時間。裁縫や糸紡ぎなどいくつかあったのだが俺たちはリリアーノとリディアが得意だと言う刺繍を手伝うことにした。


「今度、教会でバザーをやるんだ!これ、バザーで売るんだよ!ねえ、アルノーまたバザーに来てよ!」

「あとバザーで、アルノー直伝のクッキー焼くから。」

「みんなで讃美歌も歌うんだ!絶対見に来て!」


 刺繍をしながら孤児院の子供達にねだられて、俺はどう答えていいか迷った。陛下をちらりと見ると、王女達に混じって刺繍をしている。

 俺が教会のバザーに行っても、陛下には影響ないか…。そう思ったから「じゃあ、考えておく。」と返事をした。


 労働が終わったら、夕食の前までは遊びの時間。みんなでできる遊びと言ったら、あれしかない。鬼ごっこ。王女達も混じって遊んだ。

 色々な年齢で遊ぶ事に慣れた孤児院の子供達は王女達を上手く輪に入れて遊んでくれた。鬼に狙いすぎず狙わな過ぎず…と言った具合に。


 みんなで楽しく遊べていたと思っていたのだが、夕食の後、その理由を俺は知る事になる。


「アルノー!今日は一緒に寝よう!」


 孤児院の子供達に、一緒に寝ようとねだられたのだ。そうだ、孤児院にいるときは寝る前に絵本を読んで一緒に眠っていた。久しぶりだし、そうしてあげたい気もしたのだが、シャーロットが走ってきて、俺と子供達の前に立ちはだかった。


「だめっ!」

「なんで?!」

「アルノーはシャーロットと寝るからっ!」


シャーロットは少し涙目で俺の手を引っ張った。そして孤児院の子供達も反対側の俺の手を引いた。


「せっかく今日、いい子にしてたのに…!」

「そうだよ!アルノー!楽しみにしてたのに…!」


そうなの?今日、王女達と上手に遊んでくれたのは、俺のため?何だよ、泣かせるなよ。


 込み上げてくるものがあって俺が言葉に詰まると、陛下がそっとシャーロットと孤児院の子供達の間に割って入った。


「アルノーは私と結婚したから、男と一緒の寝室には入れないんだ。すまない。でも眠る前に広間で、アルノーに本を読んでもらおう。」


 陛下に優しく諭された子供達と広間に移動して、俺は少し長めに本を読んで聞かせた。

 ごめんな、それと、ありがとう、という気持ちで。


 その後、王女や陛下と俺は孤児院に隣接している巡礼者用の宿泊所に移動した。

 八人全員で一緒に眠るため、宿泊所の大部屋のベットを横並びにしてくっ付ける。俺と陛下は両端で子供達は真ん中。王女達は興奮したのか眠る前におしゃべりが止まらなくなってしまった。俺はサイドテーブルに置いていた明かりを消したが、今夜は月明かりも眩しく、部屋はほんのりと明るい。明日早いというのに子供たちは寝る気配がなく俺は少し焦った。


「そろそろ眠ろう。今日も早かったけど、明日も朝早いから。」

「やだー!まだ眠くない!」

三歳のシャーロットまで起きている。これはまずい。だから俺はとっておきの秘策を繰り出す事にした。


「みんな、そんな悪い子のところにはな、鬼さんが来ちゃうんだぞ?本当だぞ?!」

「それは嘘よ!ひいひいひい…お祖父様がもうそのような摩訶不思議はないっておっしゃったのよ?」

俺の鬼が来ると言う話に、リリアーノとリディアは大笑いしている。笑ってられるのも今のうちだぞ!

 俺は人差し指と小指を立てて、手で鬼を作った。これは一般的にきつねとも言うが…耳の部分、人差し指と小指の立ったところはツノに見えるし、親指と中指をパクパクさせるとほーら!口をあけた鬼に見えるだろ?!これを影で見ると、結構怖いんだぞ!


 俺は寝室の壁に影絵で「鬼」を作った。


 俺が「こらー」と低い声をだして影の口をパクパクさせると三歳のシャーロットは「きゃー!」と言って陛下に抱きついた。その次に小さい、マリーとマリア、アイラも悲鳴を上げた。

十一歳と十歳と少し年長のリリアーノとリディアは笑っている。二人は「こんな影絵も出来るわ」といって余計に遊び出してしまった。


「アルノー、これはダメだな。何か、温かい飲み物でも飲もう。そうすれば眠くなるだろう。」


怖がらせる作戦は失敗だった…陛下の提案に俺は素直に頷いた。  


 宿泊所の食堂でミルクに砂糖を入れて温めたものをみんなで飲んだ。確かに、甘くて温かいものが身体に入ると眠くなる気がする。やっと欠伸を始めた子供達を連れて俺と陛下は部屋に戻った。

 陛下は一人ずつ順番に、子供達におやすみのキスをしてから横になった。

 今日は俺の順番はないらしい…。

 

 横になると一人、また一人と寝息を立て夢の世界に旅立っていく。うとうとしながら子供達の寝息を聞いていると、俺を照らしていた月明かりに影がさすではないか…。なに?

 閉じそうになる重い瞼を開けると、自分の身体に鬼が写っていた。いや、鬼じゃない…。きつね?

 狐の影は口をぱくぱくさせた。「おやすみ」と言いたいのかもしれない。そして少し場所を移動して、俺の頬にキスした。

 

 影の動きを視線で追うと影の主と目が合い、その人…陛下は影なんかない、青空のような瞳を瞬かせて「おやすみ」と俺に合図した。

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