第14話 明日も、明後日も

「おいしかった~! ごちそうさまでした!」


「お粗末様。いい食べっぷりだったな」


「う、恥ずかしいからあんまり見ないでよ」


「藤咲が美味しそうに食べてくれるのが一番の報酬なんだから、その楽しみを奪わないでくれよ」


「うぅ……えっち、変態、白柳くんのむっつりすけべ」


 おい、なんでだよ。

 別に変なところジロジロ見てるわけじゃないんだし、美味しそうに食べてる姿くらいいいじゃねーか。

 食事の様子を微笑ましいなぁと眺めているだけで変態呼ばわりは酷くないか?


 まあ、確かに食べてるところを人に見られるのを恥ずかしいと思う人は一定数いるだろうが、悪いがそこを譲るつもりはない。

 俺は藤咲がもぐもぐしているところを見届けたいのだ……って、もしかして変態か?

 いや、ギリセーフだろ。うん、セーフセーフ。


「……っと、もうこんな時間か。片付けしたら帰らないとな」


 ふと時計を見るといつのまにか19時を回ろうとしていた。

 一人で食う飯はサクッと短めに済ませてしまうことが多いが、こうして誰かと食べるのは会話も発生するし、時間を忘れてしまうな。

 これも全部、もぐもぐする藤咲、略してもぐ咲に見惚れている時間が長いからだ。

 おのれ、もぐ咲。これからもおいしそうに食え。


 とまあ、もぐ咲への責任転嫁もどきはほどほどにしておいて……使った調理器具や食器などを洗わないと帰れない。

 あんまり帰りが遅くなると、藤咲もプライベートの時間がなくなるし、男の俺が女の子の家に長いこと居座るのもよくないだろう。

 俺が藤咲の家で済ませたことと言えば晩御飯だけなので、帰って風呂に入ったり、明日の授業の予習や宿題などもしなければいけない。


「あ、お皿洗いなら私やるよ?」


「え、なんて? お皿破壊?」


「お皿洗い! 破壊って何さ!?」


 なるほど、どうやら聞き間違いではなかったらしい。

 しかし……藤咲が皿洗いとか嫌な予感しかしないんだが。

 パリンパリンドガシャーンとかいう音が聞こえてきそう……というか想像しただけで聞こえる。


「えー、だって……できんの?」


「そんな信用ないっ!?」


「逆に聞くが……あると思うか? いや、むしろできない方に信用してるとも言える」


「うっ……何も言い返せない」


 半壊のキッチン。破壊の限りを尽くされた食器。

 初めての家事代行に訪れた際とは異なる方向性でやばめな散らかしになる予感しかしない。

 さすがにこの時間から大掛かりな片付けと、怪我をした藤咲の手当てのことを考えると……やはり一人では任せられない。


「ほら、怪我するから大人しくしてなさい」


「やだ。せめて手伝わせて!」


「……どうしてもか?」


「どうしても!」


 まあ、ぶっちゃけ俺一人でやった方が早いとは思うが……できるできないは別にして、藤咲が自らの意思で家事に取り組もうとしているいい機会ではあるか。

 ここで拒否して藤咲……もといぷく咲を追い払うのは簡単だが、せっかくやる気になっているのを挫くのはもったいない。


 どんな家事もまずは始めようと思うところがスタート。

 その心構えが育まれているのなら、尊重してあげるのが藤咲のためになる。


「分かった。じゃあ、手伝ってくれ。でも、怪我させたくないから俺の言うことはちゃんと聞いてくれよ?」


「お皿洗いって怪我するもんなの?」


「時と場合による。とりあえず包丁は触るな」


「……はい」



 そんなわけで藤咲に手伝ってもらうことになった皿洗いだが……ドキドキするな。

 このドキドキが隣に美少女が並び立っていて、彼女との共同作業に意識してしまっていて……とかだったらよかったのだが、何が起こるか分からないから藤咲の一挙手一投足から目が離せないという意味で鼓動は高鳴る。

 俺、皿洗いごときでこんな緊張するの初めてなんだが?


「じゃあ、俺が洗剤で洗って汚れを落とした食器を藤咲に手渡すから、水気を拭き取って食器立てにかさばらないように立てかけてくれ」


「うん、分かった」


 そんなわけで、藤咲に任せたのは皿を拭く方。

 洗う方とどっちを任せるか悩んだが、未だにこの分担でよかったのかは分かっていない。


 洗う方はな……洗剤でても滑るし、落としたらシンクに溜まった食器とぶつかって割れるリスクがある。

 ただ、拭く方も手を滑られる可能性はあるし、そうなったら床に真っ逆さま。怪我の可能性も生まれる。


 非情に悩ましかったが、まだ拭く方が簡単かと思い任せることにしたが……凶と出るか、凶と出るか……。吉? そんなものは知らん。


「濡れた食器は意外と滑るから、ゆっくり焦らずだぞ?」


「……過保護すぎない?」


「俺が本当に過保護だったら椅子に縛り付けてでもキッチンには立ち入らせない」


「もう、大丈夫だってば」


 その自信はどこからくるんだどや咲よ。

 ほんとにゆっくりでいいから。

 食器は最悪買い直せば済むから、万が一には自分の身の安全を最優先にだからな?


 そんなヒヤヒヤした心持ちで、洗い流した食器を藤咲に手渡していく。

 まあ、自信満々に豪語するだけあって、ゆっくりだが丁寧に拭きとっているので及第点。というか怪我さえしなければもう百点満点まである。


「そういえば今日は買い物付き合ってくれてサンキューな。二人だとセールのものも多く買えるから助かった。また頼んでもいいか?」


「うん、時間ある時ならいつでも」


「予定がある時とかは無理しなくていいからな」


「うん、ありがと。白柳くんはスーパーのセール、毎日チェックしてるの?」


「一応な。節約できるところはしておいた方がいいからな」


 親から生活費をもらっていて、その中には食費だけでなく、交際費なども含まれている。

 おいしいものを作って食べるのは好きだが、際限なく食費につぎ込みすぎると生活費がパンクしてしまうので、特売とかタイムセールとか、買いなところは押さえておきたい。


 ただ、こういうのはだいたい一人あたりの個数制限が設けられているので、安いからもう一つ買いたいともどかしい思いすることも多かったが、藤咲が一緒に来てくれたおかげで今日の買い物はとても気持ちよかった。

 狙い目の商品がある時はぜひまたお願いしたい。


 その他にも他愛のない会話をしながらすすいだ食器を藤咲に手渡していき――最後の一枚。


「ほら、これで終わりだ」


「うん……はい、できたよ! ほらぁ、ちゃんとやれたでしょ?」


 無事皿洗いが完了したことで一安心。

 まさか事故なく終われるとは……どうやら俺は藤咲を見くびっていたみたいだ。

 そんで、どや咲がどやどやしてくるが……ここは素直に褒めておこうか。


「おう、ありがとな。よくできました」


「ふふん、もっと褒めなさい~」


「はいはい、助かったよ。これからも気が向いたら手伝ってくれ」


「任せて!」


 そんなどや咲が胸を張ってくる。

 ヒヤヒヤがなくなって、女の子として意識してしまうので、良いものをお持ちなのは分かったから、それを強調してくるのは勘弁してくれ……。


 ◇


「じゃあ、遅くまで悪かったな。チキンライスの残りはおにぎりにして、残ったサラダと一緒に冷蔵庫に入れてあるから、明日の朝ごはんにでもしてくれ」


「うん、ありがと」


「んじゃ、また学校でな」


「うん、また明日」


 藤咲に見送られて、外に出たことにはもうすっかり暗くなっていた。

 また……か。

 また明日も、明後日も、こんな風に過ごすことになると思うと……楽しみだな、ほんと。

 さ、明日の晩御飯のメニューは何にしようかね?


 ◇


 こちらの作品についてではありませんが、作者のラブコメ代表作である『偶然助けた美少女がなぜか俺に懐いてしまった件について』の重大なお知らせを近況ノートにアップしました。

 良ければそちらもご覧ください……!

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