第7話 席替え

 夏休みが終わり、二学期が始まる。

 とはいえ、まだまだ夏真っ盛りといった様子で、登校しただけでじんわりと汗をかいてしまうな。


 うっすらかいた汗をタオルで拭いながら教室に入る。

 近くのクラスメイトに挨拶をしながら自分の席に向かうと、突然背中を叩かれてむせかけた。


「よー、湊!」


「なんだ、拓真たくまか。脅かすなよ」


「わりーわりー」


 こいつは佐伯さえき拓真たくま

 出会ったのは高校に入ってからだが、席が前後だったこともありよく話すようになり、すぐに一緒に飯を食ったり、遊んだりする仲になった。

 夏休みに遊ぶ約束をしていたのもこいつだ。拓真はバスケ部に所属しているが、部活が休みの時にはよく遊びに誘ってくれて、海や祭りなどの夏イベントも拓真と共に楽しんだのだが……。


「最後の方、約束すっぽかして悪かったな」


「ああ~、あれなー。まあ、湊は一人暮らしだし生活優先だろ。むしろ連れ回して俺の方こそ悪かったな」


「いや、海の家とか屋台とかではしゃぎすぎた俺の落ち度だ」


「確かに! 湊、焼きそばとかたこ焼きとかめちゃくちゃ食ってたもんな。その細身に似合わず意外と大食いだよな」


「拓真だって同じくらい食ってただろ!」


「俺はバスケでカロリー消費されるからいっぱい食べないとダメなんだよ!」


 そういって拓真はまたバシバシ俺の背中を叩いてから俺の前の席に着き、こちらを向いて座る。

 俺の金欠事情で遊ぶ約束を断ってしまったが、それを笑い飛ばして、俺が気にしないように振る舞ってくれるなんて……いいやつだな、ほんと。


「ところで……今日はあのイベントだよな」


「なんかあったか?」


「おいおい、湊くんよ。夏休みが終わり、二学期の始まりと言えばあれしかないだろ~? もしかして夏バテで頭回ってないのか? さてはまだ金欠で飯抜いてるのか〜」


「煽るな、顔がやかましい。イベントって言われても心当たりがないんだよ。始業式、校長の長話で何人保健室送りにできるか耐久イベントか?」


「ちげえよ。サラッと怖いこと言うな! 今日は席替えの日だろ~。一学期の間は出席番号順で固定だったけど、待ちに待った席替えだぜ……! 湊はワクワクしないのかよ?」


「あー、席替えか。すっかり忘れてたな」


「んだよー。湊は気になる女子の隣になりたいとか思わないのかよ。俺は思うぞ。このクラスの女子陣はレベル高いからな……! 席替えを機に隣になれたらそれをきっかけに話が弾んで仲良く……なんてことも!」


 拓真は周りを見渡して、そんな風に熱く語ってくる。

 まあ、言わんとしていることは分かる。確かにこのクラスの女子はレベルが高い。かわいい子が多いと噂されており、他クラスのやつから羨ましいと言われることもあった。


 そんな女子と隣になり、あわよくばお近付きになりたいと思うのは男子なら誰でも思うだろ。

 拓真も例外じゃないのか、席替えに対する並々ならぬ想いがあるみたいだ。


 拓真はコミュ力高いし、席が隣じゃなくても普通に話しかければ仲良くできるだろうが……やはり隣というポジションが重要なのだろう。

 一度決まってしまえば、よっぽどのことがなければ二学期の間はそのままだしな。


「そういうわけだから俺は豪運を蓄えるぜ! 善行を積んで、かわいい女子の隣を掴み取るんだ……!」


「お、おう……頑張れ?」


 これから始業式だし、それが終わったら課題の提出やガイダンスがあってすぐ席替えだ。

 今から善行を積むのは難しいんじゃないかと思うが……本人はやる気満々だし、水は差さないでおこう。



 ◇



「校長の話長かったな~。まじで湊の言う通りになるかと思ったぜ……」


「全校生徒を集めてるわけだから蒸し暑かったよな……。まだこんなに暑いんだからもうちっと自重してほしかったな」


 始業式が終わり、クラスに戻ってきたが……校長の話が長かったからかみんなお疲れのようだ。

 教頭先生のファインプレーもあり、かろうじて保健室送りになった生徒はいなかったが、あと数分遅ければ気分が悪くなって倒れた生徒などもいたかもしれないと思うとぞっとする。

 夏×全校生徒を集めた体育館=サウナという方程式が成り立つのだから、手短に済ませてほしいもんだが……。


「でもまあ、そんな地獄を乗り越えた後はご褒美の時間だ。席替え楽しみだな……!」


「拓真は誰の隣になりたいんだ?」


「『クラスのアイドル』氷織ひおりを筆頭に、『天使』羽川はねかわ、『小悪魔』花井はないと学年で断トツ人気の子がこのクラスに集結してるんだ。まじでレベル高くて選べないぜ……!」


「へー、あー、なんかお前らしいな」


「なんだよ、みんなかわいいだろ!」


「まあ、否定はしないが」


 確かに今拓真が挙げた女子はうちのクラスだけに留まらず、学年中でもダントツで人気で、一学期の間から話題になっていたな。

 みんな美人でかわいいのは間違いない。


「てか、このクラスまじで美男美女ばっかだろ。湊もイケメンだしよ……俺がかすむじゃねーか!」


「いやいや、拓真の方がかっこいいって」


「え、マジ? 隣になった女子は惚れる?」


「……惚れる惚れる。顔もいい、コミュ力も高いから大丈夫だって」


 拓真がいう通り、このクラスは女子だけでなく、男子のレベルも高いと思う。

 なんか一年男子のイケメンランキングとかも女子の間で出回ってるみたいだし、きっと拓真も上位にランクインしていることだろう。


 そうして拓真から女子について熱い演説を受けていると担任の先生がやってきて、提出物の回収やガイダンスなどをサクッと終わらせてくれた。

 拓真のような席替えが待ち遠しい生徒達の需要に最大限応えるためだろう。

 校長、見習え。


「えー、じゃあ出席番号順にくじを引きに来ーい」


 席替えの仕方はくじびき。

 引いたくじには数字が書かれていて、その番号と、席の初期状態……出席番号が対応している形だな。

 1を引いたら、出席番号一番が座っている、左列の一番前、2はその後ろといった感じだな。


 順番にくじを引いていき、全員にくじが行きわたったところで開封の時間だ。

 拓真はこの開封に人生すべてを賭けていると言わんばかりの気迫で開けていたが、俺は特にこだわりはないのでサクッと確認する。


 6か……。

 一番左列の一番後ろか。後ろ隅は俺的は大当たりだ。


「湊、どこだった?」


「俺は6番。拓真は?」


「最前列ど真ん中! 19だぜ!」


「じゃあ、お前とは離れちまうのか」


「なんだー、寂しいのか? 休み時間になったら話に行くから安心しろって」


「おー、待ってる」


 一学期の間はずっと近くにいた拓真とは離れてしまったが、別にクラスが別になったわけじゃないし、話そうと思えばいつでも話せる。

 拓真は前に、俺は後ろの方に机を持って移動して、二学期の間をご一緒することになる隣人が現れるのを待つわけだが……拓真の隣は氷織か。拓真の狙ってた女子じゃねーか。

 嬉しいのは分かったからこっちにピースしてくんな。


 んで……気になる俺の隣人はというと……。


「よ、よろしく……白柳くん」


 拓真の話には出てこなかったが、クラスで密かに人気があり、クールでミステリアスな女の子として名高い。

 しかし、その本性はぽんこつであると……つい先日に知ってしまった。


「おう、よろしく……藤咲」


 俺の隣人は、藤咲奏音だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る