第8話 隣人の藤咲さん
隣に机を降ろし、12番の紙をひらひらと振るように見せてくる藤咲。
まさかこんなところでも縁があるなんてな……。
朝の時点では挨拶できていなかったから、始業式や席替えなど諸々が終わって落ち着いたら声でもかけようかと思っていたが……思ったより早く話すことができそうだ。
「よーし、全員移動したなー。じゃあ、時間も余ってるし残りは自由時間だ。隣のやつと雑談でもして親睦を深めて時間を潰してくれ」
担任はそう告げて出て行ったので、残りは自由時間だ。
初の席替えということで、これを機に接することになる生徒同士も多いだろうから、交流の時間を設けてくれるのはありがたいな。
俺も藤咲との交流はそう多くないし、前回の家事代行を除くとほぼ初会話だ。
でも、その家事代行のイベントが濃すぎたからか、なんだか初めてな気はしない。
「えっと……自己紹介、する?」
「じゃあ一応……白柳湊です。よろしく」
「ご丁寧にどうも。藤咲奏音です。えっと……ご趣味は?」
「固いな、おい。お見合いかよ」
「おみっ……!? ちっ、違うよっ……!」
変にお互いちょっとだけ知ってる仲だからか形式ばってしまうというか……まるでお見合いでもしているかのような硬さに思わずツッコんでしまったが、わたわたと慌てる藤咲がなんというか……面白いな。
ただ、からかいすぎたのかむすっと頬を膨らませてかわいらしく睨んでくる。
せっかく隣人との交流を深める時間なのに、むくれて会話拒否されたら困るからほどほどにしておこう。
「悪かったって。えっと……趣味か。料理と……最近はバスケだな」
「バスケ? 白柳くんってバスケ部だっけ?」
「いんや、無所属。拓真――19番に座ってるやつが友達なんだけど、そいつがバスケ部所属で、よく付き合わされててちょっとハマったんだよ」
一学期もよく昼休みに体育館に連行され、バスケの相手をさせられたし、夏休みでも市営の体育館を借りてバスケをして遊んだりもした。
別に俺はバスケ経験者というわけじゃないが、拓真曰く飲み込みが早く、シュートが綺麗らしい。
そのせいで度々拓真に付き合わされてバスケをしているが、拓真も俺に合わせて色々教えてくれるので、なんだかんだ楽しいと思い始めている。
「バスケかぁ……。じゃあ、白柳くんは運動も得意なんだね」
「まあ、身体を動かすのはそれなりに好きだな」
「バスケ部には入らないの?」
「俺も一人暮らしだからな。部活に入ると色々と出費もかさむし、時間や体力的にも心配だから」
実は拓真にもバスケ部の入部を勧められたりしていたが、俺も藤咲と同じく一人暮らしをしているため、放課後の部活などがあると中々生活が厳しくなる。拓真と同じ部活は楽しそうだし、バスケも嫌いじゃないが、泣く泣くお断りをしている。
「白柳くんも一人暮らししてるんだ……」
「まあな」
「えっと……じゃあ、一つお願いしたいことがあるんだけど……」
「なんだ? もう散らかしたのか?」
「そうじゃないけど……えっと、ここじゃ話しにくいから……」
言いずらいことなのかもにょもにょと口ごもって、藤咲は恥ずかしそうに両手の人差し指をこねくりまわしている。
そして、しばらく見つめ合っていると、藤咲はノートの端っこに何かを書き、俺に見せてきた。
そこには――『学校が終わったら、うちに来てほしいです』とまるっこいかわいらしい文字で書かれていた。
◇
そんなわけで放課後。
夏休み明け初日ということで、今日の日程は始業式とガイダンス的なものを行って終わり。
お昼くらいには解散ということで、そのまま友達同士で遊びに行く生徒も多い。
何もなければ拓真を遊びに誘おうかとも思っていたが、藤咲との先約がある。
それがなかったとしても、拓真は隣になった氷織にアピールを仕掛けるので忙しそうだったので、上手くいくことを祈りながらそそくさと退散した。
廊下に出ると……藤咲がいた。
もしかして、俺が出てくるのを待っていたとかだろうか。
ノートにはうちに来てと書かれていたが、まさか一緒に帰るってことか?
「白柳くん、行こっか」
「お、おお」
まさかこんなにも早く女子の家にお呼ばれするイベントが再来するとは……。
まあ、藤咲には友達としてちょっとくらいなら手伝ってやると言っていたし、いつかは救援要請があるかもとは思っていたが……どうやら今回呼ばれたのはそれが理由じゃないらしい。
おおかた学校では話しづらいことを家で話すということなのだろうが……別に藤咲の家まで行く必要はないと思ったり思わなかったり。
でも、個人的に藤咲の家の様子に興味がある……いや、この言い方はなんかキモいか。俺が掃除をしてからまだ一週間とちょっとだが、ちゃんとそれを維持できているのか気になるという言い方にしておこう。
だから、藤咲の家に行くのは全然問題ない。
「ごめんね。せっかく早く学校終わったのに付き合わせちゃって」
「別にいいよ。早く帰っても飯食って寝るくらいしかすることないし」
「そっか。そういえば白柳くんってどのあたりに住んでるの? 一人暮らししてるのに、それすら確認しないで連れ回しちゃってなんか申し訳ないな……」
「それも気にしなくていい。俺もこっちだからな」
「え、そうなの?」
「藤咲のマンションから徒歩五分くらいのアパートに住んでる。だから、俺としては帰り道にちょっと寄り道するくらいの感覚だ」
「そっか、よかった。逆方向とか、電車通学とかだったらどうしようかと思ったよ」
藤咲の住むマンションは学校からそれほど遠くなく、徒歩で通学できる距離にある。
そして、それは俺も同じだ。
だが、今まで登校や下校などで会った試しがないのは……藤咲と俺では登下校のルートが若干違うからだろう。
実際、藤咲の下校ルートは藤咲のマンションからの最短距離をいくものだろうし、通過した校門も異なる。
一応活動圏内はほぼ同じだと思うが……家の外で出会わないのは自炊の有無とか、そういうのだろうな……。
そんな事を思いながら藤咲の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。
普段は通らない道なので、少しワクワクしながら辺りを見渡して、通りをインプットしていると……あっという間に藤咲の住むマンションに到着した。
そうして、藤咲家にお邪魔するわけだが……ドキドキだな。
玄関を開けた時に、どんな光景が広がっているのかという意味で。
「どうぞ……って何かな、その反応は?」
「いや、思ったより綺麗で驚いた」
また足の踏み場のない玄関や廊下が広がっていたらどうしようかと思ったが……全然綺麗だ。
藤咲もできないなりに努力したんだろうかと思うとちょっと感動が押し寄せてくる……。
「どうしたの?」
「悪い、ちょっと感動してた。お邪魔します」
「ちょっと綺麗なだけで感動されるってなんか複雑な気持ちだな……」
「そう思うくらいこの前のが酷かったんだよ」
「それはそうだけど……」
前回の訪問時のことを引き合いに出しながら軽口を叩き、リビングに通される。
すごい、何かに躓いたりしないのってこんなにも歩きやすい……!
そうして、ソファに座るように促され、藤咲も隣に座る……かと思いきやそうではなく、テーブルを挟んだ俺の正面に正座して座った。
え、何?
そんな神妙な顔つきで……もしかして結構大事な話だったりするのだろうか。
いったいなんの話を切り出されるのだろうかとドキドキしていると、深呼吸を繰り返す藤咲がついに口を開いた。
「結論から言うね。白柳くん……私に雇われてくれませんか……っ?」
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