第9話 契約成立

 真剣な表情でそう告げる藤咲の剣幕に一瞬圧倒された。

 しかし……俺が藤咲に雇われる……というと、現時点では家事代行のことしか思い浮かばないが……。

 とりあえずもう少し話を聞いてみないと始まらないか。


「えっと……もう少し詳しく話してくれないか?」


「あっ、え……あ、そうだよねっ? いきなり結論だけ言われても困るよね……っ? えと、その……どこから話せばいいかな?」


「俺に聞かれても困るんだが? 何も分からんから最初から話してくれ」


 藤咲……相当慌ててるな。

 そんなわたわたしなくても、俺は逃げないから落ち着いて一つずつ話をしてくれ……。


「えっと……まずは、この前、白柳くんに家事をやってもらったよね?」


「おう、あれは大変だったな」


「ごめんって。それで、その後にお母さんにどうだったか聞かれて、白柳くんがピカピカにしてくれた部屋をビデオ通話で見せたんだ。そしたらお母さんもすごいって褒めてたよ」


「おお、そうか。それはよかった」


「うん、それでね。やっぱり外部への依頼で解決するなら、その方がいいんじゃないかって話になってね」


「まぁ……いつも助けに来てくれてた藤咲のお母さんも、いつでも来れるわけじゃないしな」


 そういう意味ではちゃんと家事代行サービスは比較的気軽に利用できる。

 藤咲の部屋の散らかり具合に合わせて、掃除の依頼を出すとかが良さそうな気もするが……。


「だからね、実際に家事代行サービスってどんな感じなのかなって思って、夏休みの終わり際に1回お試しで依頼してみたの」


「お、そうなのか。だから、意外と綺麗なのか?」


 俺が掃除をしてから1週間ちょい。

 多少は散らかりを見せていてもおかしくない時期だと思っていたが、なるほど……一度家事代行サービスを挟んでいたからか。

 腑に落ちたよ。


「実際の家事代行サービスサービスの相場とか、制度とか……そういうのをちゃんと知って、利用を続けるか決めようかなって思ってたんだ」


「サービス内容を自分の目で確認するのは大事な事だな」


「うん、それで実際に利用してみて思ったんだ……やっぱり白柳くんにお願いしたいなって」


「話が跳んだな。家事代行サービスの働きぶりを見てたんじゃないのかよ」


「それは見てたんだけど……白柳くんの時はそこまで思わなかったけど、掃除とかで知らない人に色々……下着とか触られるの嫌だな〜って思っちゃったし」


 なんでだよ。

 男に触られてるんだから俺の時にもちゃんと嫌だと思えよ。


「ご飯も作ってもらったんだけど……白柳くんのオムライスと比べるとなんか物足りなかったし」


 まぁ、派遣される人もそれぞれ。

 基本的にはやれると思うが、掃除の腕、料理の腕などはまちまちだろう。

 一応、派遣される人を指定できるところもあるみたいだが、そういうのは追加料金もかかるだろうし……そういう意味では料理で利用するにはちとギャンブル要素もあるか。


「あと……定期契約の押し売りがしつこかった」


「あー」


 まあ、こういうサービスを使うとあるよな。

 定期契約を勧めてくるやつ。

 向こうも契約を取るノルマとかそういうのもあるかもだし、一応理解はできる。


「そういうの諸々考慮した上で、やっぱり白柳くんにお願いしたいなって」


「……話は分かった」


 藤咲の言う、俺を雇いたいというのは予想通り。

 そこに行き着くまでの経緯も理解はした。


 でもなあ……俺は別に家事代行サービスのバイトをしている訳でもないし、ただの一般高校生だ。


「もちろんタダでとは言わないよ。そのために相場とか調べたわけだし。お母さんからは、家事代行サービスに使うためのお金をもらってるから、白柳くんの言い値で払ってもいい」


「おいおい、そういうこと簡単に言わないの」


「うぅ、あ……あんまり法外な値段だと払えないかもだから、ちょっと手心加えてね?」


「まだ引き受けるなんて言ってないんだが」


「ダメ……かな?」


 そんな上目遣いで見つめてくるなよ……。

 女の子が正座をして、そんな風に瞳をうるうるさせて見てくると、なんだか俺が悪いことしているみたいな感じになるじゃねーか。


「じゃあ、仮にその話を引き受けたとしよう。俺を一般の家事代行サービスと変わらないものとして、藤咲はどういう風に俺を使いたいんだ?」


「えっと……やっぱり料理……かな? 白柳くんのオムライス、本当においしくて、また食べたいなって思っちゃったし。掃除は自分でも頑張るから、ヤバくなったらそれも追加で依頼……って感じかなぁ」


「飯か。週に何回だ?」


「……そこなんだよね。相場的に1時間4000円とかが妥当なはずだから……仮に週に5回お願いするとしたら、月8万くらいか……ちょっとそれは厳しいなぁ」


「なんだ? そんな頻繁に使うつもりだったのか?」


「……だって、白柳くんの作るご飯食べたいんだもん」


 驚いたな。

 まさかそんな風に思ってくれてたなんて……。


 せいぜい週に一、二回。その日のご飯と次の日の作り置きとかそんなもんを希望するもんかと思っていたが……。

 俺が藤咲に料理を振る舞ったのはまだ1回だというのに……随分買われてしまったみたいだ。


 でも……悪い気はしないな。

 この前のオムライスも藤咲はすごく絶賛して、おいしいと言って食べてくれた。


 俺も一人暮らしをしていて、基本的に1人で飯を食うのが当たり前になっていたから、誰かに自分の作るご飯を食べてもらうのは久しぶりで、おいしいと言ってもらえるのは新鮮で……すごく嬉しかった。


 そんな藤咲と取った食事は、騒がしくも、暖かくて……とても楽しかったんだ。


「……そんなに俺の作るご飯が食べたいのか?」


「食べたいよ。あんな美味しいの知っちゃったら……もうゼリー飲料とか、カロリーメイトとかに戻れないよ」


 藤咲は切なそうな顔をしている。

 これまで主食だっただろう栄養補助食品では満足できなくなった。

 俺の料理がそうさせた。


「なら……食うか?」


「食べたい。でもあまり頻繁だとさすがに払えないから……週に一、二回かなぁ」


「毎日食えるなら毎日食べたいか?」


「それはもちろん」


 即答。

 藤咲は本気でそう思ってくれているんだな。

 その想いが染みる。素直に嬉しい。我ながらちょろいが……そんな風に言われたら応えたくなってしまう。

 その想いに応えるためには……落としどころはこんなところか。


「食費、光熱費はそっち持ち。んで、作った飯は俺も一緒に食う。それでもよければ……放課後、藤咲の家で飯を作ってやってもいい」


「え……いいの? あっ、お金は?」


「いいよ。食費と光熱費さえ出してくれれば、俺は自分の食費とかが浮くし……作った料理の感想とかも言ってもらえるからウィンウィンの交換条件だ」


 そう、これは交換条件。

 藤咲が想定していた、家事代行サービス利用のような形ではなく、お互いにメリットを差し出す交換。


 これなら、藤咲は毎日俺の料理を食べることができる。

 藤咲の家にお邪魔して飯を作り、ご相伴にあずからせてもらう……ってのはなんか変か。飯作るの俺だし。

 ま、俺も飯をご一緒させてもらい、食費や光熱費を藤咲に負担してもらうことで、その分の利益を得る。


 何より、藤咲が美味しそうに食べてくれるのなら、それに変えられる報酬はない。

 そんなわけで、直接的な金銭やり取りは無しだが……お互いに利のある交換条件だろう。


「放課後……毎日?」


「藤咲が食いたいならな」


「食べる! 食べたい! 毎日食べたい!」


「じゃあ、契約成立……ってことでいいか?」


 目をぱちくりさせている藤咲の前に手を差し出す。

 俺の手に、藤咲の小さな手が重なり……この手を取り合ったことによって、この契約は成立した。


「じゃあ、さっそく今日の昼飯からだが……なんかリクエストはあるか?」


「じゃあ、オムライス! とびっきり美味しいの!」


 はは、ほんとにオムライスが好きなんだな。

 じゃあ、そのリクエストにお応えできるように……腕によりをかけて作らないとな。

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