第10話 ねえ、今日の晩御飯何?
そんなわけで、俺は藤咲と契約することになった。
俺は藤咲に飯を作る。
藤咲はその食卓に俺も同伴することを認め、食費などを負担する。
お互いに利のある交換条件。
当初、藤咲が行おうとしていた家事代行の雇用とは少し違った契約となるが、こちらの方がお互いに得が多いはずだ。
藤咲が想定していた俺の利用頻度では、毎日のご飯は保証されない。
作り置きは可能だが、一日1時間の利用想定だとどこまで用意できるか分からないし、それの積み重ねもまた藤咲にとって出費がかさみすぎる。
親に家事代行代を出してもらっているとはいえ、際限なく出してもらえる訳でもないし、そのような高頻度での利用を想定したものではないのは明らか。
それが、食費、光熱費負担のみに抑えられるのだから、この契約は藤咲にとってもお得なはずだ。
まぁ、藤咲の食べたいものなどで多少は変動するだろうが、それでも週5利用月約8万想定に比べれば安い方だ。
俺もバイトのことは考えていたが、さすがに同級生の女の子から金を巻き上げるのは心が痛む。
たとえそれが同意のものだったとしても、素直に受け取れなくなるような気がするので……俺としてもこれでいい。
食費、光熱費負担、食事場所提供、飯の感想……そして、かわいい女の子との食事という役得。そこに美味しそうに食べてくれる笑顔まで付いてくるのだから、報酬としては十分すぎる。
そんな俺と藤咲のウィンウィン契約だが、いくつかのルールを設けた。
まず1つ目は、リクエストをするなら前日まで。
基本的には藤咲の食べたいものを作ってあげたいので、なるべくリクエストには応えてやるつもりだが、メニューによっては突然食べたいと言われても用意できないものもある。
そういった事故を防ぐために、リクエストがある際は事前相談。
その方が買い出しなどの予定も立てやすいので、必須といえるルールだろう。
そして2つ目。
何か予定などがあって、ご飯の必要がない時は必ず連絡すること。
この契約は俺が藤咲の家にご飯を作りに行くというものなので、藤咲に予定があって家にいない、ご飯の必要が無いという場合はお休みとなる。
藤咲が家にいないのに食材を買い込んで訪問し、虚無の時間を過ごして帰ることになったら腹が立つので、ご飯がいらない時は必ず連絡。
そのために連絡先も交換したので、是非とも守っていただきたい。
んで、逆も然り。
俺の方で予定があったりして、飯が作りに行けなくなりそうな時も必ず連絡する。
事前に予定が分かってる場合は、作り置きなどで対応する。
まあ、藤咲とは席も隣になったし、連絡先も交換してメッセージも送れるため、そのあたりの報連相は問題ないだろうな。
とまあ、明確に守ってもらいたいのはこんなもんか。
他にも好き嫌いしないとか、そういうちょっとしたルールもあるが、藤咲は……どうなんだろうな?
とりあえず分かっていることはオムライスが好きということ。以上。
つまり、何も知らないと言っても過言ではない。
これが偏食なのか、単純にオムライスが好きすぎるのか定かではないが……後者であることを願おう。
◇
藤咲と契約を結んだ翌日。
本日からは普通に授業も始まるので、夏休み気分とおさらばしないといけない。
「よーっす」
「拓真か。おはよう。席替えは大当たりだったな」
「おうよ! まさか付き合いたい女子ランキング一位の氷織の隣になれるなんて……! 豪運を蓄えた甲斐があったぜ……!」
「告白して振られたら慰める会を開いてやるから教えろよ」
「なんで振られる前提なんだよ!? こんにゃろ〜」
冗談を言って軽くからかうと拓真に髪をわしゃわしゃされてしまった。
まあ、本当に冗談だ。
拓真は男の俺から見ても顔の整ったイケメンだし、コミュ力も高い。氷織がどんなやつなのか知らんが、可能性はあると思っている。
「つか、まじでいい席取ったな。窓際最後列は一番人気だろ」
「拓真は最前列だもんな。授業で当てられる頻度増えるじゃないか?」
「考えないようにしてたんだから言うなよー! くそー、湊その席変われー!」
「氷織の隣は要らないのか?」
「お前に氷織の隣は渡さん」
なんだこいつ。
情緒不安定か?
「ほら、氷織来たぞ。行ってこいよ」
「おう! じゃ、また休み時間に話そうぜ」
氷織が登校して、教室に入ってきたので教えてやると、拓真は自席に戻って挨拶している。
やっぱりアレだな。
隣の席というだけで、コミュ強にとっては十分すぎる接点なのか。
でもまあ……確かに。
隣人ってだけでなんかこう……話しかけるハードルとかが低くなるのは分かる気がする。
俺の場合、隣人がただの隣人ではない関係になってしまったので、そういう次元の話ではないが。
(今日の飯……何作ろうかな)
本日の晩御飯について考えていると、隣の席で椅子を引く音がした。
「おはよう、白柳くん」
「おう、おはよ」
挨拶を交わして、そこで会話は途切れる。
こうして見ると……藤咲はやはりクールでミステリアスというか、口数が少ないというだけで大人びた印象が増すな。
俺の知ってるぽんこつ賑やかな藤咲とは大違いだな。
「ねえ、なんか失礼なこと考えないかな?」
「あ、やべ」
「私の顔を見て何を考えたのかな?」
「……別にぽんこつだなんて思ってないぞ」
「思ってたやつじゃん」
だってなぁ……俺の中では藤咲はそういうキャラというか……むしろこっちは擬態してる姿というか。
とにかく、接する前と後で印象が180度変わった女の子だからな……。
ぽんこつ呼ばわりされた藤咲は頬を膨らませて睨んでいる。
ぷく顔の藤咲、略してぷく咲だ。
「悪かったって」
「……誠意は後で示してもらわないとね。具体的には、私の大好物で」
「…………おう」
「ねえ、今日の晩御飯何?」
藤咲は俺にだけ聞こえるように小さく耳打ちしてくる。
藤咲の大好物……オムライスしか知らないんだが?
「……オムライスだけど」
「やった、楽しみ」
連日オムライスを提供することになってしまうため、これでいいのか不安だったが……ぷく咲が藤咲に戻ったのでこれで正解だったみたいだな。
しかし……ついこの間までただのクラスメイトだったはずの藤咲と、こんな会話をするような関係になるとはな……。
晩御飯の内容ににへらっと顔を綻ばせ、普段は見せない顔を俺にだけ見せてくれている。
そのギャップにはやはりドキッとさせられる。
「改めて……これからよろしくね。白柳くん」
「おう、よろしくな。藤咲」
家事代行をきっかけにして始まった藤咲奏音との秘密の契約関係は……こうして幕を開けるのだった。
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