第6話 お腹いっぱい

 自慢ではないけど、私――藤咲奏音の家事能力は限りなく低いです。

 特にできないのは掃除。

 こまめに片付けをしないせいで床はすぐにゴミでいっぱいになるし、片づけをしようとしても余計に散らかしてしまう始末。

 そこに夏休みというダラダラする大義名分が加われば……惨状はあっという間に出来上がります。


 いつもはどうしようもなくなったらお母さんに助けを求めるんだけど、今回のコレは夏休みに入って三回目ということなので……いい加減にしろとちょっと怒られちゃった。

 お母さんも忙しい人だし、いつでも助けに来れるわけじゃない。来れたとしても、私が散らかしたお部屋を復興させるのはかなり重労働ということで、頻繁に救援要請を寄越されても困るとのこと。


 そういう理由で私が突きつけられたのは自分でなんとかするか、家事代行サービスを利用するかの2択……のはずだったんだけど、なぜか強制的に後者になってしまい今日を迎えたわけですが……家事をしに来てくれたのは同じクラスの男の子――白柳湊くんでした。


 男の人が来たというだけでもびっくりなのに、まさかのクラスメイト。

 これには動揺が隠せず、頭が真っ白になったけど、仕方ないよね?


 とはいえ、待ちに待った救援。

 追い返すわけにもいかず、掃除をしてもらうことになったけど……私が散らかしているものはゴミだけじゃなく、服とか下着とかも混じってて……。

 白柳くんも気を遣って、そういったものは私が片付けた方がいいんじゃないかって提案してくれたけど、私がそれを請け負うと部屋がさらに散らかることは目に見えていたから、結局白柳くんにお任せすることになってしまいました。


 男の人に下着を見られるなんて、恥ずかしくて顔から火が吹き出そう。

 クラスメイトの男子にここまで痴態を見せることになるなんて思いもしていなかったので、私はどうにかなってしまいそうでした。


 白柳くんも私の下着を掘り起こした時は若干気まずそうにしていて、なるべく見ないように洗濯かごに放り込んでいました。

 彼も男の子なので、女の子の下着とかに興味とか示すのかなーなんてことをドキドキしながら考えて、白柳くんの様子を観察していると、そういった素振りは見えないというか……。


 下着は摘まみ上げるように触るし、見ないように目を逸らすし……よく言えば紳士的、悪く言えば男子高校生の反応とは思えない様子に思わず口を出してしまって、白柳くんを困らせてしまったのは反省しています。

 クラスメイトと言えどよく話すわけでもなく、まともに接するのはこれが初めてといっても過言ではない男子に、下着の感想を求めるなんて……どうかしてました。痴女だと思われたかもしれません。


 私がそんな風に悶え苦しんでいる間にも白柳くんはテキパキと掃除洗濯を進めて、三時間ほどで私が育てた汚部屋をあっという間に綺麗に戻してくれました。


 すごい、感動。

 足の踏み場があり、何かに躓く心配のないピカピカのフローリング。

 普通に歩けるというだけで本当に嬉しくて、ついはしゃいでしまった私はスキップしてしまいました。それくらい床が見えるというのは特別なことなんです。


 正直言うと、白柳くんがここまでやってくれるなんて、思ってもみませんでした。

 本当に自慢ではありませんが、私の散らかした部屋はとんでもなく厄介極まりないです。夏休みで家にいる時間も増え、より念入りに散らかしてしまった部屋なので、いくら家事に自信があるとはいえ、同学年の男の子の手に負えるものではない。そう考えて、白柳くんを舐めていました。


 ですが、白柳くんはやってのけました。

 本当は呆れたくなるような惨状だったはずなのに、文句のひとつも言わずただ黙々と……。

 異性の服や下着のお洗濯もやってくれて本当に至れり尽くせりで……。


 そんな白柳くんにお礼がしたくて、気が付くとご飯を食べていかないかと誘ってしまってました。

 初めは遠慮していた白柳くんですが、何とかお願いして引き留めることに成功。

 しかし、食材がないという緊急事態が発生し、買い出しというお仕事を増やしてしまいました……。


 そうして二人でスーパーにやってきました。

 夕食のために白柳くんと買い物。

 男の子と並んで歩くのってなんだか緊張するなぁ……なんて内心ドキドキしながら、白柳くんに食べたいもののリクエストを聞く。


 リクエストされたのはオムライス……!

 それなら調べた感じ使う食材も多くないし、レシピを見ながら作ればなんとかできるかも……。


 なんて思っていた私はどうやら浅はかだったみたいですね。


 いざ作り始めてみると、全然レシピ通りに進まない。

 慣れない調理であたふたしていると、あっという間に卵は焦げていき……なんか見た目が良くないものができあがってしまいました。


 そんな私特製オムライスを1口食べた白柳くんは……なんとも言えない顔をしていました。

 少なからず美味しくはなさそうな反応でしたが、はっきりと口にしないのは白柳くんの優しさなのかもしれません。


 お礼のオムライスなのに失敗してしまって落ち込んでいると、今度は白柳くんがオムライスを作ってくれることになって、本当に手際よく、ササッとオムライスを完成させました。


 この時出されたオムライスは本当に美味しくて、おかわりしてしまうほどで……私は夢中で食べていました。


 ◆


 そんな時間も過ぎ去って、白柳くんが帰って1人残された部屋。

 改めて見回して、こんなに広い部屋だったのかと変な感じがします。


「白柳くん……女子力すごかったなぁ」


 掃除洗濯料理、どれも高水準で、私とは比べ物にならない家事スキルがある彼が本当に羨ましい。


「……そういえば、お母さんが取り付けてきた家事代行だったけど、白柳くんとどういう繋がりがあるんだろ……?」


 ふと疑問に思ったのは、白柳くんが家事代行しに来てくれた理由。

 お母さんが取り付けた家事代行の派遣で、クラスメイトの白柳くんが来たのは……偶然? それとも……?


「まぁ、いっか。また今度白柳くんに聞こ……あ、連絡先……聞いておけばよかったかな?」


 そういえばすっかり忘れてしまっていた。

 せっかく友達になったのだから、連絡先の交換くらいしておけばよかったなと今更に思う。


 でも、もうすぐ夏休みも終わる。

 そしたら学校で会えるし、その時に聞けばいいか。


「……オムライス美味しかったなぁ」


 次学校で顔を合わせた時はちゃんと連絡先を聞こうと思いながら、食べすぎて膨らんだお腹を撫でる。

 すっかり私を虜にした、忘れられないオムライスの味。

 こんなにお腹いっぱいになるまでおかわりしたのに、もうまた食べたいって思っちゃうなんて……本当に困っちゃうな。


 こんなにハマっちゃったのは白柳くんのせいだし……責任とってもらわないとね……!

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