第16話 詫びプリン
藤咲の活躍もあり、無事に目当てのタイムセール品や特売品は確保できた。
その日の特売品はともかくとして、タイムセール品は言わば早い者勝ちの数量限定商品。
それをきっちり確保できるのは家計にとって大助かり……って、金を出してるのは藤咲なので、俺がそこまで気にすることじゃないかもしれないが……一応藤咲が母親から与えられている家事代行サービス費用内で収まるようにやりくりするつもりだ。
「ただいま~」
「お邪魔します……こら、靴を脱ぎ散らかすな。帰ったらまず手洗いしろ」
「……はい、すみません」
帰宅して早々、散らかしの予兆を見せつけられると黙っていられない。
靴を揃えて並べろとまでは言わないが、ぽいぽい脱ぎ捨てて横に倒れているのは論外。
そんで、リビングに行く前に手洗いをしろ。それだけでウイルスの付着量を減らせる。洗面所直行が大事だ。
「白柳くんってそういうところ厳しいよね。もしかして潔癖症?」
「……俺が潔癖症だったら藤咲との関りはなかっただろうな。あの汚部屋に立ち入るなんて……潔癖症には難易度が高すぎる」
「……はい、すみません」
帰宅早々、二度目の謝罪が飛び出た。
別に怒ってるとかそういうのではない。ただ……俺が潔癖症だったら、藤咲とはどういう関係だったのか。
潔癖症も度合いがあり、汚いのが無理という人もいれば、それを綺麗にしないと気が済まないという人もいる。
俺は割と掃除は好きだが……潔癖症ならあの部屋に入れたのか。
散乱するゴミや他人の下着に触れることができたのか。
それによってはこうした契約関係も当然なかっただろうから、重度の潔癖症じゃなくてよかったと思う。
「ちゃんと洗えてるか? 水でちゃっと濡らしただけだと洗ったとはならんぞ? 石鹸付けて、手の平だけじゃなくて手の甲、指の間、爪、手首までちゃんと擦るんだぞ?」
「……白柳くん、私のことなんだと思ってるのかな?」
「ダメ咲だが」
「あー! またダメ咲って言った!?」
ぷく咲、ご立腹の姿だ。
普段のぷく咲の五割増しでほっぺが膨らんでいる気がする。
ぷく咲を超えたぷく咲……ぷくぷく咲かな?
「もうっ! 白柳くんなんて手の洗いすぎで手の皮ズル剥けになっちゃえばいいんだっ!」
そういってぷりぷりしながらぷくぷく咲は洗面所を出て行った。
俺も手を洗うために洗面所に入ると――ほら、やっぱり。
「さすがダメ咲クオリティ。男が来るんだから、脱いだ下着そのままにしとくんじゃねえよ」
見えるところに放置された下着。
相変わらずえろいのを穿いていらっしゃる。
というか、先に洗面所入ったんだから気付いて片付けろよ……。
そういうところがダメ咲たる所以なんだよなぁとしみじみと思いながら手洗いをするのであった。
◇
手洗いを終えてリビングに行くと、ぷく咲状態は継続中だったようで、まだまだ頬を膨らませている。
このままぷくぷく膨らんで、風船みたいに空に飛んでいってしまわないか心配になりそうだ。
「悪かったって」
「……ふんっ」
ソファで膝を抱えるぷく咲に謝るが、ぷいっとそっぽを向かれてしまう。
これはアレだな。拗ねてるな。
拗ねてる藤咲、略して拗ね咲だ。
そんな拗ね咲に例によってその座り方は見えてはいけないものが見えると忠告してやりたい気持ちは山々だが、ぷく&拗ねの時にそういうことを言って余計にぷくぷく拗ね拗ねさせるのも面倒だな。
とりあえず対話は拒否されているとして……もので釣るか。
といってもただ普通に飯を作るだけではいつもと変わらない。
必要なのは特別感。
反省の印。お詫びの意。
ぱっと思いつくのはやはり詫びオムライスで機嫌を取ることだが――。
(卵はあるし、作ろうと思えばいけるけど……さすがに昨日からオムライスの連続は避けたいな)
藤咲は喜んで食うかもしれないが、栄養バランスの偏りもあるし、俺は同じメニューが連続するのが好きじゃない。
せっかく今日の買い出しの成果もあるし、今日の献立を変えずに藤咲の機嫌を取るには……アレしかないか。
秘策を思いついた俺はさっそくキッチンに入り、準備を進めていく。
用意するのは卵と牛乳、あとは砂糖と粉ゼラチンか。
卵を二つ割ってかき混ぜる。
この時の卵を割った音に一瞬藤咲が反応した気もするが、すぐにそっぽを向いてしまった。
鍋に牛乳と砂糖、粉ゼラチンを入れて、混ぜながら火にかけていく。
砂糖とゼラチンが溶け、牛乳の縁がふつふつとしてきたら、沸騰する前に火を止めて、卵を加えてさらに混ぜる。
よく混ざったらそれをざるで裏ごしする。
そうしてできた液体をカップに入れて、冷蔵庫で固まるまで冷やすと……レンジも蒸しもいらない、簡単お手軽プリンの完成だ。
今回カラメルを用意しなかったので黒蜜をかけて提供する。
さて、これで藤咲の機嫌は直るだろうか。
「藤咲、悪かった。お詫びにプリン作ったから、これで機嫌を直してくれないか?」
「……直さないって言ったら?」
「プリンは要らないと見なして全部俺が食う。今出したのも、食後のデザートに出そうと思ってたのも俺がおいしくいただかせてもらおうか」
「機嫌直りました! いえ、直させてください!」
機嫌を直してほしいとお願いしているのは俺の方なのに、藤咲が機嫌を直させてほしいと頼んでくるのはなんか面白いな。
でも、これでなんとかなりそうでよかった。
「ん、うま~」
「うん、いい出来だな。シンプルだけどおいしいだろ」
「うん! 毎日食べたい!」
藤咲が一口食べたのを確認して、俺もスプーンを口に運ぶ。
特別な材料は使っていないのでシンプルだが、素朴な味と黒蜜の甘さがよく合ってとてもおいしい。
藤咲も絶賛してくれており、しっかり機嫌が直っているのも何よりだが、さすがに毎日はな……。
「毎日は食い過ぎだ。こういうのはたまに食うからおいしく感じるんだよ」
「じゃあ、頼めばまた作ってくれるの?」
「どうかな。オムライスもそうだが、プリンも卵を使うからな。藤咲のタイムセールの働き次第だな」
「頑張る! 卵の日は絶対一緒に買い物行くから!」
それは頼もしいな。
藤咲のタイムセール品確保能力は高いので、ぜひ今後も遺憾なく発揮してもらおうか。
「うー、おいしすぎてもう無くなっちゃった……。おかわりないの?」
「……食後のデザート分は出せないしな。俺の食べかけでもよかったら食うか?」
「いいの? いただきまーす」
目を輝かせて俺のカップをひったくった藤咲は、なんの躊躇いもなく食べ始めた。
藤咲はそういうの気にしないのかと思いながら、おいしそうに食べている様子を眺めていると……不意にスプーンが止まり、少し顔を赤くしてプリンと俺を交互に見つめている。
時間差で気付いてしまったパターンか。
なんの躊躇も反応もないのは、俺だけが意識しているみたいで恥ずかしかったが、こうも分かりやすい反応をされるのもそれはそれで恥ずかしい。
照れてる藤咲、略して照れ咲よ。
俺からプリンを奪ったんだから、責任もってちゃんと食えよ?
残すのは許可しないからな。
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