第15話 2人だけの秘密
翌日。
登校してクラスメイトに挨拶しながら窓際最後列の席に向かう。
まだ朝だというのに日は照っていて、今日も暑くなりそうな予感がする。
窓を開けると生ぬるい風が吹き込んできてカーテンを揺らす。
あんまり涼しさは感じないが……ないよりはマシか。
「あ、おはよー、白柳くん」
「藤咲か、おはよう」
俺より少し遅れて登校した藤咲が挨拶してくる。
澄ました顔だが、やや眠たげに見える。口元を手で隠してあくびをしてるようだ。
「眠そうだな。夜更かしでもしたのか?」
「ううん、朝に弱いだけ。でも、今日は朝ごはんもしっかり食べてきたから調子いいんだ」
「そうか」
「おにぎりとサラダ、おいしかったよ」
「昨日の残り物で悪いな……ってあんまでかい声で言うなよ」
「誰にも聞こえてないから大丈夫だよ。というか白柳くんの方が声大きいって」
そういって藤咲は唇の前で人差し指を立てる。
俺達のこの契約関係について口外するしないの取り決めはしていないが、あまり大っぴらにしない方がいいのは確かだろうな。
まあ、俺としては別にやましいことはないし、バレてしまってもバイトと言い逃れができる。
たとえそれで噂になったとしても、藤咲ほどの美少女と噂になるのならむしろ光栄とさえ思うが、それによって藤咲が不利益を被ることになるのはいただけない。
「藤咲はどうなんだ? 俺達のこの契約関係……秘密にしたいと思ってるのか?」
「私は……別にどうでもいいかな。あ、でも……白柳くんが嫌ならなるべく話はしないでおくね?」
「ん、俺も特に気にしてない。周りに知られても藤咲が家事ダメダメのダメ咲ってバレるだけだからな」
「ダメ咲って何かなっ!? てか、本当にバレちゃうから大きい声で言わないでっ!」
藤咲にとっては俺との秘密の関係がバレることより、こちらの方が致命的らしいな。
と言っても、俺が飯を作る経緯もそこだし、やはり秘密の関係は秘密にしておいた方が良さそうだ。
「んじゃ、藤咲がダメ咲だってバレないように、しばらくは俺達2人だけの秘密にしておくか」
「うん! ってまたダメ咲って言った!」
あ、ぷく咲になった。
朝から元気だな。
◇
放課後になり、本日も藤咲を引き連れてスーパーへと向かう。
お目当てはタイムセールの醤油と豚バラ肉。
あとは……なすとかもわりかし安めだった気がするので、ピーマンとキャベツも入れてホイコーロー風に炒めたものを作ろうかなと考えている。
あとは……どうしようかな。
何品かを少し多めに作って残しておけば、翌日の朝ごはんにも回せるというのが分かったのでそうするべきか。
そもそも、藤咲の朝食スタンスについてまだ聞いてなかったな。
「そういえば今まで朝ごはんはどうしてたんだ?」
「ゼリーで済ませる日が多かったかな? 寝起きは本当に動けなくて、ボーッとしてるだけでいつの間にか時間が経っちゃうから、いつも慌てて登校してるんだよね」
「ああ、朝が弱いって言ってたっけ」
「うん。でも今日は朝ごはん用意されてたし、それがおいしいって分かってるからなんか頑張れたんだよね」
「食い意地が眠気に勝ったってことか」
「……その言い方はすごい不服なんだけど、その通りかも……」
藤咲とぷく咲の間で揺れている。
ただ、残り物でもそう思ってくれるのはやはり嬉しいな。
「でも、アレだね。やっぱり出来たてが美味しいんだなって……あっ、別に朝のがおいしくないとかじゃなくて」
「分かってるからそんな慌てなくても大丈夫だぞ」
「うん。白柳くんが家事代行しに来てくれたあの日もそうだったけど、やっぱり温かいご飯っていいなって……思いましたね、はい」
「そりゃよかったよ」
俺の飯がきっかけで、食生活を見直すことになって何より。
とりあえず今日のご飯もおいしく食べてもらえるように頑張らないとな。
「じゃあ、朝ごはんはあれば食うスタンスってことでいいのか?」
「え、うん……そうだけど。もしかして朝ごはんも用意してくれるの?」
「晩ご飯で少し多めに作って、朝用に残しておく形になるが、それでも良かったらだな。夜と次の朝で同じもん食って飽きないか?」
「ふふん、そのくらいで飽きがくるなら、ゼリー飲料とカロリーメイトはとっくに飽きてるんだよ」
おっと、どや咲発動か。
胸を張って言うことでもないと思うが……確かにそうか。
長いことそれを主食にしていた藤咲の忍耐力だ。多少同じメニューが続いたくらいで文句は言わないか。
オムライスだって続けて食べたがるし。
「じゃあ、朝のも一緒に用意するようにするよ」
「やった! 明日の朝ごはん楽しみー!」
「おいおい、それより先に今日の晩ご飯を楽しみにしろよ。明日のはおまけだぞ」
「えへ、そうだった。あ、今日の晩ご飯何?」
「肉野菜炒め。タイムセールのお肉を獲得できなかったら野菜炒めになるからしっかり働けよ?」
「ほら、何ゆっくり歩いてるの!? 急がないとタイムセール終わっちゃうよ!?」
「まだ始まってねえよ。あ、おい……手……」
肉野菜炒めから肉が抜かれるのがそんなにも嫌なのか、藤咲は慌てた様子でスーパーに向かって走り出そうとする。
その際に俺の手を掴んで、ぐいぐいと引っ張るのだが……そんなに急がなくてもまだタイムセールには間に合う……って聞いちゃいないか。
……藤咲の手、ちっちゃくて温かいな。
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