第4話 特製ダークマター
買い出しも無事に終わり、藤咲家に帰宅。
お米をとぎ、炊飯器にセットして、炊けるまでは休憩と言うことで、綺麗になったリビングのソファに腰掛ける。
「外、暑かったね〜。冷房気持ちよすぎる~」
「もうすぐ夏休みも終わるけど、まだまだ夏って感じだな」
クーラーの効いた部屋はとても快適で、ついリラックスしてしまう気持ちもよく分かる。
だが……一応男子の前なんだから、胸元をパタパタさせるのはいかがなものだろうか。
掃除の過程で床に落ちてる下着を見られているからといって、今着用しているものまでチラつかせるのはいささか無防備が過ぎる。
しかし……藤咲とちゃんと話すのはこれが初めてなのだが、学校での印象とは全然違うな。
まあ、いきなり汚部屋を見せつけられたので普段の印象もくそもないのだが……それでも、藤咲が学校で魅せていた姿はとてもクールで、ミステリアスな雰囲気で……そういうところが密かに男子からの人気も高めていた。
そんな藤咲だが蓋を開けてみればこんなぽんこつだったとは……。
なんでもそつなくこなしそうに見えて、こんな特大の弱点をお持ちであるなんて、学校での藤咲しか知らなければ思いもしないだろう。
それに、思ったより賑やかというか、口調もかなり砕けていて、話もよく弾む。
学校では意外と無口気味な姿がミステリアスな雰囲気を加速させていて、おしゃべりな様子はまるで見せなかったからかギャップが凄まじい。
「藤咲って意外とお喋りなんだな。もっとこう……物静かな子なのかと思ってたよ」
「えー、そうかな? あ、でも……私結構人見知りが激しいから……学校だと大人しめに見えるのかも」
「人見知り? そうは見えないけどな」
「ううん、本当だよ。実際、こんなに人と話すのは久しぶりな気がするし」
「俺には人見知りしないのか?」
「うーん、してるとは思うけど……恥ずかしいところ見せすぎて、逆に限界突破しちゃった的な?」
まあ、確かにそうか。
あれだけの汚部屋を同級生の男子に見られるのは相当な恥辱なはずだし、下着だって見られている。
既に恥をかききっていて、これ以上恥をかくことはないから開き直っているともいえるのか。
「白柳くんはすごいね。こんなにテキパキ掃除ができて……。私には真似できないなぁ」
「散らかる前にこまめに片付ければそんなに労力はかからないぞ」
「それ、お母さんにもよく言われたなぁ」
まあ、そりゃ言われるだろうな。
後回し、その場しのぎで散らかるのに目を瞑り続けた結果があの惨状だ。
俺は今回の家事代行依頼が初だが、いつもは散らかったら藤咲のお母さんが手伝いに来ていると言っていたため、藤咲のお母さんはこの修羅場を何度も潜り抜けてきたのだろう。
相当口酸っぱく言われたのか、藤咲は苦々しい表情を浮かべている。
そういう反応をするということは、母親の助言を心に留めてはいるのだろう。
ただし、それを実行できるかは全くの別物だが。
「でも、せっかく綺麗になったんだし、これを機にちょっとずつ意識改革していけばいいだろ」
床にものを置かない。ゴミは溜め込まずにすぐ捨てる。脱いだ服は投げ捨てずに洗濯機に。
掃除能力を高めるのではなく、いかにしてちょっとした掃除で綺麗にリセットできる環境を維持できるかが藤咲の課題だな。
汚部屋を生み出さないに越したことはない。
「そだね。よし、目指せ足の踏み場がある床最長記録更新だね!」
「……ちなみに最長はどのくらいなんだ?」
「……二週間くらい?」
最長記録短いな、おい。
せっかく頑張って綺麗にしたんだから、お部屋を汚部屋に戻すのは勘弁してくれよ……?
◇
藤咲に掃除や片付けについてのアドバイスをしながら話し込んでいると、米も炊けて、腹が減ってくる頃合いになった。
「よし、じゃあオムライス作るから、白柳くんはゆっくりしててね」
そう言ってエプロンを付けて藤咲はキッチンに立つ。
エプロンを纏う美少女。クラスメイトの女子の手料理。
期待が高まるのだが……始まった調理はなんというか、傍から見ていてとてもハラハラする。
「えっと……これで合ってる……? わっ、あっ……きゃあっ!?」
キッチンから聞こえてくる声……というより悲鳴はとてもじゃないが調理中に発せられるものとは思えない。
いや、まさかな……。
藤咲はアレだけ自信満々に、腕によりをかけて作ると宣言してくれたんだぞ?
まさかそんなことがあるはずない。
そう言い聞かせて待つこと十数分。
「ごめん。ちょっと失敗しちゃったかも……」
「……ちょっと?」
「うん、ちょっと」
出てきたのは……なんだこれは?
ダークマターかな?
オムライスとは似ても似つかない真っ黒なそれをちょっと失敗しちゃったで済ますメンタルに感心する。
パッと見で命名するなら黒焦げ炒り卵乗せチキンライスといったところか……。
見た目は正直最悪。こころなしか紫色の毒々しいオーラが立ち上っているように感じられる。
「み、見た目は悪いけど、ちゃんとレシピ通りに作ったから味は大丈夫……だと思いたいな」
しかし、藤咲曰くちょっと失敗らしいので、悪いのは見た目だけで味は美味しいかもしれない。
それに、せっかく女の子が作ってくれた手料理だ。
食べもせずに残すというのも申し訳ないので……いざ、実食……!
「じゃあ、いただきます」
「うん……ど、どうかな?」
スプーンで掬い口に運ぶ。
うん、うん……真っ黒に焦がした炒り卵の苦味、火の通ってない玉ねぎの辛味とピーマンの渋み、かけすぎたケチャップでベチョベチョになった酸味の強いチキンライスもどき……これらが口の中で混ざり合い不協和音を奏でている。
中々咀嚼ができない……。だが、舌に襲いかかる各々の主張を少しずつ処理していき、なんとか気合いで飲み込んだ。
「……ん、そうだな。確かにちょっと失敗してるけど……頑張って作ってくれてありがとうな」
「大丈夫? 無理してない?」
まぁ……無理はしてるが、藤咲はできないなりに努力して頑張ってくれたのだ。
それに……失敗でも女子の手料理だ。不味いなんてこき下ろすのは俺のポリシーに反する。
「うぅ……レシピ通りにやれば初めてでも作れると思ったんだけどなぁ」
「どこかで間違ったんだろうな」
強いて言うなら、使った材料以外のすべてを間違っているような気もする。
火力や火にかける時間、フライパンに入れる順番、調味料の分量などなど、色々間違ってるのが藤咲特製ダークマターから伝わってくる。
むしろこうなることは想定すべきだった。
女子の手料理というのに密かにテンションが上がってしまったため、藤咲が料理できるのかという疑問が完全に頭から抜け落ちてしまっていたのは俺の落ち度だろう。
藤咲は掃除が苦手なのではなく、家事全般が苦手なのだと覚えておこう。
そう考えると、藤咲が怪我をしなかっただけまだマシかと思ってしまうな。
さて、それはそれとして……夕食は仕切り直しだな。藤咲も苦戦しながら作ってくれたからか自分の分は用意できていないみたいだし。
「藤咲、材料はまだ残ってるよな?」
「え、うん……残ってるけど」
「待ってろ。すぐ用意する」
「……いいの?」
この調子だと落ち込んで、部屋の隅で膝を抱えながらぼぞぼそとカロリーメイトを齧りかねないからな。
藤咲の家に家事代行することになるとは思いもしなかったが、これも俺にとっては夏の大切な思い出。男子として切望の女子とのイベント。
そんなまたとない機会をこんな締め方になるのは後味が悪い。
味が悪いのはこのダークマターだけにしてくれということで……俺が藤咲にオムライスを振る舞おうじゃないか。
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