第3話 追加のお仕事
その後、三時間くらいかけて掃除洗濯などをみっちり行い、なんとか綺麗にすることができた。
一応初バイトみたいなものだからそれなりに気合を入れて来たつもりだったが……想像以上の重労働にくたびれてしまっている。
しかし、その分やりがいもあったし、元が酷すぎる惨状だったからか、このビフォーアフターには感動を禁じ得ない。
「すごい……床が見える……! 足の踏み場がある……!」
藤咲はとても感動して、綺麗になったフローリングを歩き回っている。
掃除している時は歩くのも一苦労で、ちょっと動くと何かに躓いて転んだり、俺の方に突撃してせっかく集めた洗濯物をぶちまけたりと散々だったが……これでしばらくは歩行に困ることはないだろう。
え、ないよな……?
数時間後には元通りとかだったら、努力が水の泡すぎて泣くぞ?
しかし、意外となんとかなったな。
こういう家事代行の類は基本的にその人の家のものを借りてすることになる。
あまりにもひどい惨状だったからまともな掃除用具とかもないんじゃないかと頭をよぎったが、掃除を進めるにつれてそういったものも発掘できたのでよかった。
個人的には、獲得したアイテムを駆使してフロアを進んでいくゲーム感覚でちょっと楽しかったりもした。
掃除機を手に入れた時の無双チート感は爽快だったな。
さて、それはそれとして……どうしようか?
普通の家事代行サービスだったら、サービスの内容や時間なども決められているが、これは正規のバイトではない。
そのため、俺の勤務時間や業務内容も事細かに定められているわけでもなく、まだやってほしいことがあるというのならついでだし受け付けてもいい。
「何か他に仕事はあるか?」
「え、そんな……ここまで綺麗にしてくれただけでも十分だよ。むしろお礼をしたいというか……そうだ! もうすぐ晩御飯の時間だし、よかったら食べていかない?」
「……ぶっちゃけ金をもらって仕事しに来てるわけだからそこまで気にしなくていいぞ」
まあ、仕事内容的には少々ハードだった気がしなくもないが、結果的に完了しているので、俺のキャパの範囲内だったということで、藤咲がそこまで気にすることでもない。
「えっと……じゃあ、一緒にご飯食べてほしいって仕事としてお願いすれば食べていってくれる?」
「そうきたか」
ルールの裏をかいてやりましたと言わんばかりの得意げな顔がかわいいんだが。
実際、普通の家事代行だったら、そういうのは禁止されているところも多そうだが、今回は別だ。
正規の家事代行バイトではないからこそ可能なお願いだと感心した。
一人暮らしで普段から食事も一人で食べていることだろうし、たまには誰かと食べたいと思うのも不思議ではないだろう。
あと、私情を挟むのなら、藤咲の食生活が少し気になる。
キッチンとかもまあまあ壊滅的だったし、ゴミの様子からしてまともな食事を取れていないんじゃないかと思ったほどだ。
俺が気にすることではないかもしれないが、乗りかかった船だ。
せっかくだし、ご相伴に預からせてもらうか。
「そういうことならその話をお受けしよう」
「やった! せっかくキッチンもピカピカにしてくれたし、腕によりをかけて作っちゃうから楽しみにしてて……!」
「おう。ところで……食材はあるのか?」
ご相伴に預かるのはいい。
藤咲が腕によりをかけて作ってくれるのも楽しみだ。
だが、いったい何を作るのだろうか。
人様の家の冷蔵庫を勝手に開けるなんてことはしていないのであくまでも予想だが、掃除の際に散見された藤咲の食生活の様子からして、直近で買い出しなどに行っていない限りは冷蔵庫の中身に期待はできない。
「あっ……えと、ゼリー飲料とカロリーメイトならいっぱいあるよ……?」
そんな風に首を傾げられてもな。
荒れ果てたキッチンの様子からもうっすら勘づいていたが、冷蔵庫の中身もやはり食材は期待できなさそうだ。
そんな中藤咲はいったい俺にどんな料理を振る舞うつもりなのか……。
「カロリーメイトのゼリー飲料煮……美味しいかな……? あ、サプリメントも入れれば栄養価も……」
「……帰るわ」
「わぁ〜、嘘、冗談! 買い出し行くからっ」
まあいい。
買い出しも家事代行の一環だ。掃除洗濯以外にもそういう依頼の仕方をする人も世の中にはいるだろう。
さすがにゼリー飲料とカロリーメイトで斬新な創作料理を作らせるわけにはいかないので買い出しは必須。
一人暮らししている身として、買い物は割と好きだし得意でもあるので苦ではない。
「買い出しは俺が行ってくればいいか? メモさえ渡してくれれば買ってくるぞ」
「えっと、せっかくだし一緒に行こうかな」
「分かった」
◇
そんなわけで藤咲と一緒に近所のスーパーにやってきたわけだが……カートを押して歩く彼女と並んでいると、今更ながら恥ずかしさが込み上げてくるというか……女の子と二人きりなのだという実感が湧いてくる。
金欠になったことは喜ばしいことではないが、そのおかげでこうして家事代行バイトの機会が舞い込んできた。
基本的には一人か、男友達と遊ぶ夏休みを過ごしていたので、久しぶりにクラスの女子と接することになったといっても過言ではない。
それがまさか藤咲奏音だとはな……。
そんな彼女と二人でお買い物。そして、藤咲の手料理をご馳走になるなんて……よく考えなくてもとんでもないイベントが発生してるんだよな。
「ねえ、白柳くん?」
「……え、あっ。なんだ?」
「何か食べたいものはある? せっかくだし、リクエスト聞こうかなって」
「え、別に気を遣わなくていいぞ。藤咲が食べたいものを作ってくれればそれでいい」
「じゃあ、カロリーメイトのステーキとかでもいいかな?」
「……よくねえよ。ただでさえぱさぱさなもの焼こうとするな」
「ならちゃんとリクエストしてくださ~い。なんでもいいは一番困っちゃうんだからね?」
そうか。それが普段の藤咲の食事だから、藤咲に主導権を渡すとメイン食材がそうなるのか。
というか、そうならないために買い出しにきたのではなかろうか……。
だが、せっかくの機会だしな。
クラスの美少女の手料理を食べられる男子にとっては夢のような機会が今後訪れるかは定かではない。
藤咲もこういってるんだし、リクエストしてみるか。
「そうだな……じゃあ、無難にオムライスをお願いしてもいいか?」
「うん、任せて! オムライスか~、私も食べるの久しぶりだな~。じゃあ、卵とケチャップ買わないとだね」
「米はどうなんだ?」
「あ、そっか。買って帰ってからお米炊いてたら遅くなっちゃうね。白柳くんはそれでも大丈夫?」
「別にいい。せっかく男手があるんだから、重い物は買い得だぞ」
健康的な食生活にやはり欠かせないお米。
藤咲のこの言いようからして、現在藤咲家にお米のストックがないのは明白だ。
ここで俺が食事の同伴を拒否したり、メニューの再リクエストで米の必要性が無くなってしまえば、藤咲がお米を買うまたとない機会が消え失せてしまう。
せっかく藤咲も乗り気だし、ちょうどよく男手もあるこのタイミングなので、俺としてはぜひとも買ってほしい。
まあ、出来上がりまで時間がかかればかかるほど藤咲といられる時間が増えるだなんて邪なことはほんのちょっとしか思ってないが?
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。ごめんね、重たい物持たせちゃって」
「家事代行だからな。買い出しも立派な仕事だし、好きなように扱き使ってくれ」
「うん、ありがと。まずは卵だね」
そういって鼻歌交じりにカートを押していく藤咲に置いていかれないように並んで歩く。
まだまだ夏真っ盛りということで、店内には冷房が効いているはずなのだが……色々意識してしまって緊張しているからかやけに暑く感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます