第30話 体温上昇アイス

 それはもう念入りに髪を乾かした。

 首元や耳元にかかる髪を指でかき分けて、湿っている箇所がないかしっかり確認したので大丈夫だろう。


 ……別に藤咲の反応がかわいいから楽しんでいたとかではない。

 ドライヤーの音で何を言ってるのかよく聞こえなかったので仕方ないと言い訳しておく。


 なんとしても髪を乾かしてもらう所存を見事に成し遂げたということで、お待ちかねのアイスなのだが……ぷくぷくしたり、もぐもぐしたり忙しいな。

 ぷく咲と拗ね咲とジト咲ともぐ咲が5秒置きにランダムで出力されている。

 この様子を見るに……ちょっと調子に乗ってやりすぎたかもしれない。


「……指使いがとてもえっちだった」


「……気のせいだろ」


「耳元と首元ばっかり執拗に擽られた。言い逃れできない」


「悪かったって。藤咲が嫌ならもうしないから」


「……嫌とは言ってない。またお願いします」


 なんですかこのわがままな子は。

 ぷくぷくしながら文句を言ったかと思えば、俺が謝ってもうしないと言うと拗ねたようにジトっと見つめてくる。

 またって……いいのかよ。


 そもそも、男子に髪を乾かしてもらうのって女の子的にどうなんだ?

 嫌……だったらそもそもさせてないか。一度ならず今回で二度目だし。

 つまり、髪を乾かしてもらうこと自体は許容範囲。

 藤咲の髪型を言い訳にして、髪をかきわけるついでに触りまくったのがよくなかった……っと、いやいや不可抗力。わざとじゃない。たまたま、偶然、まぐれ……と思ってたがもう遅いか。

 俺の中ではそういう設定になっていたのだが、ジト咲の圧に負けて故意にしていたことを認めてしまったんだったな。


 つまり、やりすぎなければいいということなのだが……今回はレアケース。

 普通に接していれば入浴後に鉢合わせるなんてことはそうそうないはず……だよな?

 またの機会とやらが訪れるのはいつになるのやら。


「じゃあ許されたってことでいいか?」


「……まだ」


「どうすりゃいいんだよ」


「アイス、そっちのも美味しそうだから……1口ちょーだい?」


 藤咲が目線を落とした先は俺の手元。

 俺が食しているアイスがある。


 買ってきたのはシンプルに食べやすいカップのアイスなのだが、藤咲が好みの味を選べるように複数用意してきた。

 藤咲はバニラを選び、俺は残ったフレーバーからチョコを取った。


 1口あげる分には全然いいんだが……それで許してくれるのか。

 相変わらずちょろいな、ちょろ咲。


 しかし……アレだな。

 例によって髪をかきあげて、目を閉じて口を開けて待機している姿は非常にかわいいと思うが……あなた風邪咲さんだってこと忘れてませんかね?


 何さも当然のようにあーんしてもらおうとしているのか。

 お粥とかと違ってこれは間接キスになるんだぞ?


「あの……間接キスになってしまうんですけど」


「えっ……ふ、ふーん。いっ、今更間接キスに怖気づく私じゃないよっ!」


 その割には汗ダラダラのきょどってるきょど咲だし、声が上擦ってて説得力がないな。

 というかそもそも心配しているのは間接キスによって藤咲に生まれる恥じらいではないんだけどな。

 ……まあ、いいか。お許しを得るための必要経費と割り切っておこう。


「ほら」


「あーん。ん、おいし」


「そりゃよかった」


「じゃあ、こっちもおすそ分け」


「え、俺は別にいいよ。藤咲が食べたかったバニラだろ?」


 やんわりと拒否してみるが、突き付けられたスプーンが引っ込められることはなく、ジト咲の圧が襲い掛かる。

 間接キス。あーんの応酬。食べさせあいっこ。

 美少女と行われる大変羨ましいシチュエーションなのだが、こんなにも心躍らないのも珍しいな。


 まさか仕返しで風邪を移しにきてるとか……?

 いや、ただ純粋にバニラアイスがおいしくておすそ分けしたい風邪咲か。

 悪意がないのがより質が悪いな。


「んっ!」


「分かった分かった」


 昨日の脱ぎ咲敢行とかもそうだったが、やると決めたら意外と頑固なところがあるからなぁ。

 拒絶はしようと思えばできるんだろうが、今はぷく拗ね予備軍なため、これ以上余計な刺激はしない方がいいと判断した俺は観念して口を開けることにした。


 口に入ってきたバニラのアイスは濃厚でありながら、後味はすっきりしていてとてもおいしい。

 ただ、ひんやりとしているはずなのに、どうにも気恥ずかしさがあり、少し熱くなった気がする。


 スプーンを引っ込めた藤咲は照れ咲になっている。

 間接キス程度に怖気づく私ではないという宣言……する方では怖気づきはしなかったかもしれないが、される方ではしっかりとダメージは受けているのがなんともいえないな。


「……もう一口、いる?」


「いや、もういいよ。これ以上もらったら藤咲の分が減るからな。アイスだって風邪の際には貴重な栄養源だ。熱を冷ます役割もあるんだからしっかり食っとけ」


「はーい」


 そう言うと藤咲は自分のアイスを口に運ぼうとするが、躊躇いで止まった。

 一度俺の口に入ったスプーンを今度は自分の口に運ぶことになる。

 食器を変えない限り食べ終わるまでずっと間接キスになるわけだが……気にしないというだけなら簡単だが、いざ意識してしまうと手が止まってしまう。


 俺も一回藤咲にあーんを挟んだことでちょうど同じことを思っていたところだ。

 まあ、俺は風邪咲からの贈り物(風邪)を受け取ってしまうか否かという、二重の意味でドキドキしているわけだが。


「なんかあっついね……」


「アイス食ってるのにな」


 ひんやりと冷たいアイスで熱を冷ますはずだったが……思いのほか裏目だったかもしれない。

 若干頬を赤く染めて、恥ずかしそうに微笑む藤咲の様子は……熱が上がっていないかとても心配になった。

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