第29話 甘えたなちょろ咲さん

 おかゆを平らげ、うさぎさんカットのりんごもしゃくしゃくした藤咲。

 今日もしっかり食欲があって何よりである。


「じゃあ俺は洗い物してくる。藤咲は……寝ろって言っても起きたばっかだしすぐには寝れないよな?」


「そうだね。結構目が冴えてるかな」


 俺としては安静にしろとしか言えないのだが、藤咲も風邪ひきが発覚した昨日からかなりの時間を寝て過ごしている。

 そのため寝ろと言ってもしばらく眠気はこなさそうだ。


「うーん、ずっとベッドにいるの退屈なんだよね。なんかしてもいい?」


 眠りにつけなくても温かくして布団に転がっててくれればそれでいいのだが……熱が下がり始めて体力も回復傾向にある。

 そのためこうして安静にしているのも退屈に感じてくる頃合いだろう。


 ベッドから出たい。持て余した暇を潰したい。

 藤咲はそんな切実な想いを込めた上目遣いを俺に向ける。

 なんかしたい……か。


「そうだな。気分転換がてら……風呂でも入ってくるか?」


「え、いいの? 昨日は止めたのに?」


「昨日はまだ高熱だったからな。微熱の今ならちゃんと温まって、湯冷めしないようにすれば大丈夫」


 そう告げると藤咲の顔がぱあっと輝く。

 濡れタオルで拭くのはやはり最低限さっぱりしても、シャワーや風呂には敵わないからな。

 深夜に様子を見た感じ、寝ている間に汗もかいているだろうから、しっかり湯船に浸かってさっぱりしてくるといい。


「じゃあ、風呂の準備もしてくる。藤咲は着替えの用意をしといてくれ」


「はーい」


「……藤咲が風呂に入るなら、俺も一回帰ってシャワーでも浴びてこようかな」


「え、帰っちゃうの?」


「一旦な」


 昨日は学校帰りで藤咲の家に訪れて、そのまま今に至る。

 制服のままというのも気になるし、藤咲の部屋を暖かくしていため俺も多少なりとも汗をかいている。

 藤咲が汗をかいてさっぱりしたいように、俺だってさっぱりしたい。


 だから、な?

 そんなぷくぷくしないでくれ。


「藤咲だって汗臭い俺にこのまま看病されるのは嫌だろ?」


「えー……すんすんすん、別に汗臭くないよ?」


「……そんなナチュラルに嗅ぐなよ。恥ずかしいだろ」


「あ、ごめん……つい」


 俺の一時帰宅を認めたくないのかぷくぷくしているぷく咲に諭すように告げていると、唐突に俺の胸元に顔を寄せて、すんすんと匂いを嗅がれてしまい小恥ずかしくなる。

 異性の体臭を嗅ぐのにあまりにも躊躇がなさすぎてびっくりしたな……。


「でも、本当に臭くないよ? 私は気にならないから大丈夫」


「藤咲がよくても俺がよくないの。制服も楽な格好じゃないし、着替えて洗濯もしたいからな」


「……そっか」


「そんな顔するなって。一旦だから。用を済ませたら戻ってくるから」


「ならいい」


 その方が藤咲も気兼ねなく風呂に入れるだろうに。

 何をそんなに帰宅を阻止しようと駆り立てるのか謎だ。


 それともアレか?

 寂しいから風呂の中でも手を握っててほしいとか思ってるのだろうか。


(……まさかな)


 なんてからかいも頭に浮かんだが、余計なことをいってぷくぷくはしゃがれて、体調が悪化しようものなら目も当てられない。

 胸の内に押し留めて、食器の片付けと風呂の準備を終えて、俺も一時帰宅の準備をする。


「じゃあ、風呂の準備はできてるから。入る前と出た後にはちゃんと水分補給するんだぞ?」


「うん」


「風呂上がり、ちゃんと服着ろよ。俺がいないからって油断して、全裸とか下着姿とかでうろついたらダメだからな」


「なっ……もうっ。さすがに大丈夫……多分」


 多分て。

 歯切れの悪い言い方は心配になるが……さすがに風邪引きの自覚があればそんなことはしないだろう。

 頼むぞ、風邪咲。


「一応藤咲がゆっくりできるようにするつもりだから……そうだな。1時間後の9時くらいには戻ってくる予定ってことで。それまでには服着とけよ」


「……ちゃんとお風呂上がったら着るから」


 おっと、少しからかいすぎたな。

 だが、ぷくぷくしてもかわいいだけだぞ、ぷく咲。


「んじゃ、なんかあったら連絡してくれ」


「ん、また後でね」




 ◆




 そうして一時帰宅をして、シャワーや洗濯、ちょっとした家事などをしていたらあっという間に1時間が経った。

 制服から私服に着替えたことで堅苦しい感じもなくなり、かなり楽に動けるようになった。


 コンビニでアイスを買って、再び藤咲家にやってきたわけだが……藤咲はちゃんと服を着ているだろうか。

 脱ぎ咲になっていないか若干心配になりつつチャイムを鳴らす。


「おかえり。遅かったね」


 出迎えてくれた藤咲は脱ぎ咲ではなくきちんと服を着ていた。

 偉い。すごい。感動した。


 しかし……おかえり、か。

 どういうつもりで言っているんだか。


「ちゃんと温まったか?」


「うん、バッチリ。上がりたてのホカホカだよ? 確かめてみる?」


 そう言って藤咲はぐいっと近づいてくる。

 ふわっと香るシャンプーの匂い。

 しっかり温まったことの証明のように赤みを帯びた肌。


 急接近してきた美少女のご尊顔にドキッとしたのもつかの間。

 しっとりとしていて、まだ乾ききっていない髪から雫が落ちるのを見逃さなかった。


 やはりこういうところは詰めが甘いというかなんというか。

 確か風邪引く前の雨の日もこんな感じだったっけか。


「ほら、そんな濡れた髪のままでうろちょろするな。乾かしてやるからリビング行ってろ」


「えー、別にこのまんまでもいいよ。そのうち乾くし」


「髪乾かさないと買ってきたアイス食わせないぞ」


「なんとしても髪を乾かしてもらう所存」


 アイスをチラつかせたら言うこと聞いたな。

 ちょろい藤咲、略してちょろ咲。

 扱いやすいようそのままのちょろさを維持してくれ。


 手洗いついでに洗面所にあるドライヤーとタオルを拝借。

 相変わらず脱ぎ捨てられている下着にはもはやノーコメント。

 しれっとつまみ上げて洗濯機にポイしておく。


 アイスを冷凍庫にしまい、もはや自分で乾かす気が一切感じられない藤咲の後ろにスタンバイし、タオルを当てて水気を吸い取って、ある程度水気が取れたらドライヤーを使って乾かしていく。


 綺麗な髪だ。

 温風を当てる角度を変え、指で梳くように髪をさらりと持ち上げながらしみじみと思う。


「ねえ、くすぐったいんだけど」


「え、なんて?」


「くすぐったいの!」


 耳とかうなじのあたりを指が通ると少し肩が跳ねるような気がしたが、藤咲が少し震えた声で申告してくる。

 どうやら気のせいではなかったみたいだ。


 でも……アレだな。

 ドライヤーの音で何言ってるかよく聞こえなかったと俺の中では結論づいたから……もう少しだけ。


「ひゃん……そこっ、ダメだって……」


 うん、ドライヤーの音で何も聞こえないな。

 エロ咲の声なんて一切聞こえない。


 これは藤咲の髪を満遍なく乾かすために必要な行為なので仕方ないのである。

 このウルフヘアの髪先とか、特に念入りにな。


 かき分けた髪の隙間から覗く耳は若干の赤みを帯びているが……きっと風呂上がりで血の巡りがいいからだろうな。

 うん、そうに違いない。

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