第28話 病人の特権

 結局朝まで寝落ちしてしまったな。

 看病らしい看病はできなかったが……藤咲の顔色もかなり良くなっていたためぐっすり休めたのだろう。

 これで熱も下がってくれていればいいんだけどな。


 昨日のうちにある程度準備をしていたおかげでさっと用意ができた。

 おかゆと切っておいたりんごをお盆に乗せて藤咲の部屋に戻る。


「おまたせ。熱はどうだった?」


「はい」


「37.5℃か。まだ微熱だけど、この調子なら下がりそうだな」


 渡された体温計に表示された数字を見てひとまずほっと胸を撫で下ろす。

 このまま順調に回復していけば、風邪咲さん卒業もそれほど遠くはないだろう。

 その他、喉の痛みや頭痛、悪寒なども和らいでいるみたいなので、このまましっかり休んで栄養を補給すればよさそうだ。


「ほら、おかゆだ。熱いから気を付けろよ」


「ありがと」


「昨日みたいにあーんしてやろうか?」


「なっ……もうっ! そんなのいちいち聞かないでよ!」


「はは、悪い悪い」


 ちょっとからかってみるとぷくぷくしてしまった。

 ぷく咲、やっぱりいいな。ぷく咲は頬を膨らませれば膨らませるほどかわいい。


 昨日は熱で弱って甘えたな藤咲だったからな。

 呼吸の調子も昨日に比べてかなりよくなっているので、自分で息を吹きかけて冷ますのにも問題ないだろう。


 そんなわけで藤咲の食事風景を見守ろうとベッド横に腰を落ち着けたが……藤咲は一向にレンゲに手を伸ばさない。

 どうした、藤咲?

 もぐ咲になっていいんだぞ?


 そうしてしばし様子を窺っていると、ジト目の藤咲……略してジト咲と目が合う。

 からかったから怒っているのだろうか、と少し反省していると藤咲は若干ぷくぷくし始めていた。


「ねえ、まーだー?」


「……何が?」


「あーん、してくれるんでしょ?」


「……えっ!?」


 確かにしてやろうかと聞きはしたが、そんなのいちいち聞くなってぷくぷくしたじゃないか。

 ……それかもしや、そういうことか?

 あーんしてもらう大前提だからいちいちそんなこと聞くなってことかよ。

 さっきのあれは、からかったことへのぷくぷくじゃなくて、愚問だったことへのぷくぷくだったのか……。


 しかし、言い出しっぺは俺だから今更引けないな……。

 まあ、いいか。

 まだ微熱の風邪咲だし。これも立派な看病だと自分に言い聞かせよう。


「ほれ」


「それあっついじゃん。ちゃんと冷ましてからあーんしてよ」


「わがままだな。自分で冷ませるだろ」


「ふーふーするのは肺に負担がかかって咳がぶり返しちゃうかもしれないのでNGです~」


 喉の好調さを証明するように、饒舌に話しながら藤咲はどや咲している。

 まあ、一理あると言えばそうなんだが。

 今は元気そうに見えてもまだ微熱は残っている。

 なんの拍子でぶり返すか分からないから安静にできるところはしておいた方がいいのだが……いいのか藤咲。

 俺、一応男だぞ。恥じらいとかはないんですかね?


「……ほら、これでいいだろ?」


「よろしい。ん~、すっぱい」


「食欲もありそうだし、お昼はうどんにするか」


「うどん! 楽しみ!」


「ネギと生姜をたっぷり使って温まるやつにしてやるから」


「わーい」


 そんな事を話しながらもぐ咲はおかゆを食べ進めていく。

 胃に優しいおかゆはそちらかというと栄養価重視なので、そこまで味が濃かったりするわけじゃないが、相変わらずおいしそうに食べてくれて餌付k……げふんげふん、あーんする甲斐があっていいな。


「ところでさ、なんでずっといてくれたの? あ、別に嫌とかじゃなくて、帰らずにずっとそばで看病してくれるの大変じゃなかったかなって」


「あー、それかぁ。んー、なんて言えばいいかな……」


「その反応……怪しいなぁ。もしかして……ね、寝込みを襲うつもりだったとか?」


 自分で言っててちょっと恥ずかしいのか藤咲はちょっと顔が赤い。

 そんな自爆するくらいなら言わなきゃいいのに……。


 でも女子としては警戒もして当然か。

 藤咲の場合は警戒というよりかは煽りというか、俺への挑発のような気もするが……そっちがその気なら受けてたとうじゃないか。


「そのつもりなら藤咲が脱いだ時に手出してるけどな」


「脱っ……!?!? あ、あの……忘れてもらえたりとかは……?」


「いや、無理。ごちそうさまでした」


 男子高校生のエロへの嗅覚と記憶能力を侮るなよ。

 あんなの忘れられるわけないだろ。

 脳内フォルダにきちんとバックアップ取って複製までしてるわ。


 あと、脱ぎ咲だった昨日のことを覚えてるんだな。

 この恥じらいの様子……やっぱり変なテンションになってたみたいだ。

 おいおい、そんなゆでだこみたいに真っ赤になって……熱ぶりかえすなよ?


「うぅ……ちなみにどのくらい見たの?」


「……さぁな。企業秘密だ」


「企業関係ないでしょ!?」


「おいおい、あんまり叫ぶと喉痛めるぞ。ほら、あーん」


「あーん、おいひ」


 おかゆを掬ったレンゲを口元にちらつかせると食い付いてくるのかわいいな。

 もぐ咲、あんまりはしゃがないで大人しくもぐもぐしてなさい。


「……でも、気になるなぁ」


「どこまで見られたのか?」


「違う! いや、そっちも気になるけどさ。朝までずっといてくれた方!」


 そっちか。

 まあ、確かにはっきりしないとモヤモヤする気持ちは分かる。

 一応女子の家に無許可で朝まで勝手に居座ったことへの罪悪感も多少はあるから、ここは正直に白状しておくか。


「藤咲、寝る前に言ったこと覚えてるか?」


「寝る前? えっと……あれ? お薬飲んでからのことあんまり覚えてないかも……?」


「眠気でむにゃむにゃしてたもんな」


「私、なんて言ったの?」


「寝るまででいいから手を繋いでてほしいって」


「えっ!?」


「んで、寝てから帰ろうとしたんだが、藤咲が手を離してくれなかった」


 そう白状すると、藤咲は口をポカンと開けて固まってしまった。

 開いた口に梅干しを放り込んだら酸っぱそうにもにゅもにゅしててかわいい。


 嘘は言ってない。

 実際離そうとすると藤咲の手がキュッとなって引きとめられてたし。


 ただ、それを振りほどこうとしなかったのは俺が選択したことだ。

 あとは……家主が寝た後に帰ると鍵とかの防犯上の問題もあるし、看病も兼ねて手を離さずにいる事を選んだのは俺なので藤咲が気に病むことはない。


「まあ、アレだ。心身が弱ってる時は人肌が恋しくなるもんだからな。無意識の内に求めちゃっても仕方ないだろ」


「……そう言ってくれると助かるけど……なんかごめんね。迷惑かけちゃって」


「別にこれくらいなんも迷惑じゃないさ。病人なんだから甘えられる時は存分に甘えとけ」


「……じゃあ、お言葉に甘えて。あーん」


「分かった分かった。ちゃんと冷ましてからあーんしてやるから急かすな」


 甘えるのも病人に特権だ。

 風邪咲はその特権をフル活用してくるので、今日もできる限り甘やかしてやろうと思う。

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