第21話 案の定の風邪咲さん
翌日。
藤咲はホームルームの時間になっても学校に姿を見せなかった。
どうやら風邪で休むみたいだ。
先程俺の方にも連絡が来て、熱もあるため今日の訪問は無しでという通達をいただいた。
俺達の契約に設けられたルールの一つ。訪問の必要が無い時は必ず連絡をするという実績が解除されたわけだが……まさかこんな形でとはな。
(結局風邪引いちまったか……)
風邪をひいた藤咲、略して風邪咲。
そうならないように手を尽くしたつもりだったが……どうやら手遅れだったらしい。
確かに昨日のエロ咲はエロかったが、それもまた兆候だったんだろうなと今更にして思う。
妙にテンションも高かったからそれなりに元気に見えていたが……もう少し気にかけてあげればよかったな。
とはいえ、朝ごはん用に残してあるスープは身体をよく温めるし、風邪には効くものだ。
食欲がどんなもんか分からんが……藤咲なら風邪咲でももぐ咲してくれるだろう。
しかし……いつもいる隣人がいないと意外と寂しいもんだな。
とりあえず……復活したらノート見せろって言ってくるだろうし、ちゃんと授業のノート取っとかないとな。
◇
昼休みになり、風邪咲に体調はどうか尋ねる連絡を送る。
しかし、既読はつかない。もしかしたら寝ているのかもしれないな。
一人暮らしの風邪だと何かと大変だろうが……藤咲は大丈夫だろうか。
訪問無しと伝えられたが、今日は金曜日で週末休みに突入する。
食い物は……非常食セットのストックがあるだろうが、やはり弱った身体を元気にするには食事からだと俺は考える。
風邪咲の体調と連絡つき次第だが、念の為様子を見に行く方向で考えておこう。
もし風邪咲から連絡が返ってくるようで、体調的に顔を出して問題なさそうなら、スポドリとゼリー、アイス……あとはお粥の材料を持って寄るか。
「ねえ、ちょっといいかな?」
そんな放課後の予定を考えていた俺に、透き通った声がかけられた。
殴り書きして買い物メモから顔を上げると……このクラスでもかわいいことで定評のある女子、氷織が困った顔をして俺を見ていた。
突然の事で驚いた。
氷織のことはちょくちょく拓真から聞かされていたが、こうしてご本人様と直接交流をするというのは中々ない。
わざわざ俺の席までやってきて声をかけてくるなんていったい何事だろう?
席替えで隣の席になった某佐伯くんがやかましいからなんとか言ってやってくれという相談かな?
「お、おう? どうしたんだ?」
「えっと……隣って藤咲さん……だよね?」
「そうだが……それがどうかしたか?」
窓際の席を掴み取った俺の唯一の隣の席は絶賛風邪咲中の藤咲だが、そんなことを確認してどうしたのだろうか。
「昨日間違えて藤咲さんの傘を持って帰っちゃったから……今日休んでるのもそのせいなのかなって……」
「ああ、そういう」
「昨日は用事があって急いでて……傘の持ち手に名前シールが貼ってあるのに気付いたの今日の朝なんだ。だから、謝って傘返さないとって思ってたんだけど……」
藤咲の傘が消えてしまった件について俺は借りパクを疑っていたが、この様子だと不慮の事故らしいな。
氷織はとても申し訳なさそうにしている。
取り違えた傘を持ってきて、謝罪しようとしたところ、当の本人は風邪でお休みとなれば、その傘が原因と思うのも無理はないか。
しかし、氷織の傘取り違いと風邪咲の風邪は……多少関係はあっても、多分直接的な理由ではないと思う。
だって藤咲……登校時点で濡れ咲透け咲だったし。
放課後より前の時間からくしゅんくしゅんしてたしな。
なので、氷織がそこまで気にする必要はないと思う。
むしろ俺としては、相合傘の機会を与えてくれたお礼すらしたいが……話がこじれると面倒だから余計なことは言わんとこ……。
「藤咲さん……謝ったら許してくれるかな?」
「普通に許すだろ」
「そうかな? 藤咲さん、物静かっていうか……誰ともつるまない一匹狼ってイメージだから、怒られないかなって」
「それはない」
「そっか。藤咲さんとはあんまり絡んだことないから、隣の白柳くんに藤咲さんがどんな人なのか聞いてみたかったんだ」
なるほど、それで俺に声をかけてきたわけか。
しかし、一匹狼……?
狼って言うよりはわんこって感じだけどな。
まあ、氷織もわざとやったわけじゃないし、誠心誠意謝れば、あの一匹わんちゃんも快く許してくれるだろう。
怒るとしてもぷく咲止まりだと思うし、急に激ギレし始めるとかはないだろう。
「来週、風邪が治って登校してきたら改めて謝るのがいいだろ。氷織もわざとじゃないし、藤咲も分かってくれるよ」
「うん、そうするね。休んだ分のノートとかも私のでよければコピー取って使ってもらおうと思ってるから、もし藤咲さんが困ってたらそういう風に伝えてもらえるかな?」
「分かった。来たらそう伝えておく」
「ありがとう。じゃあ……お昼の時間に急に邪魔しちゃってごめんね」
そう言ってあざとく手を合わせて、ごめんの意を示した氷織はお昼ご飯を食べるために自分の席に戻って行った。
それと入れ違いでやってきた佐伯の拓真くんよ。疑って悪かったな。
「湊、今氷織と話してたか?」
「ん? 藤咲について少し聞かれてただけだ」
「藤咲? 確か風邪で休みの……湊の隣の席の子だよな?」
「そそ。氷織が藤咲の傘を取り違えたみたいで、それで風邪引いたんじゃないかって」
「ああー、雨だと傘立てに傘大量に置かれるし、あるあるだよな〜」
まあ、それ自体は否定しない。
傘立てスペースも広いわけじゃないし、雨の日はどうしても大量の傘が置かれることになるわけだから、似たデザインの傘の取り違いは完全にゼロにすることはできないだろう。
「でも、それと湊になんの関係が?」
「氷織、藤咲が休んでるの自分のせいかもって気にしてたからな。後で謝る際の参考に隣の席の俺にイメージリサーチって感じだ」
「そういうことか。で? その藤咲はどうよ? このクラスでも上位の美少女だろ? なんか進展とかないのか?」
「別に……お前みたいにガツガツ話しかけてるわけじゃないし、なんもねぇよ」
「つまんねー」
つまんなくて結構。
進展が有無で言うなら間違いなくあったが……俺達の契約はまだ秘密だ。
だから……まだ内緒でいい。いや、内緒にしておきたい。
◇
放課後。
藤咲からの返信はまだない。
これは行くべきか、それとも遠慮しておくべきか悩ましいが……一応行く方向で考えている。
返信がないので風邪の程度もまだ分からない。
だからこそ、確認しておくべきだと思うし、食欲次第ではちゃんとご飯を作ってあげたい。
藤咲からは来なくていいと言われているが……やっぱり心配だしな。
そんなわけで、藤咲に再度メッセージを送り、殴り書きしたメモを握りしめて買い出しに向かう。
こんなにも返信がないのがもどかしい気持ちになるとはな……。
おのれ風邪咲……その風邪さっさと治して元気な姿を見せろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます